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ドラマ、映画感想をゆるゆると

『殺意の道程』第1話感想~ナレーションとの温度差で風邪ひいた~

バカリズム(升野)脚本、『素敵な選TAXI』『架空OL日記』等、クスッと笑える感じがとても好みだったので、今作がとても楽しみだった。ただ、WOWOW契約していないから円盤待ちだな…と残念に思っていたら、YouTubeで1話配信!!!配信と同時に視聴。30分だけどものすごい満足感。

2話見たい…円盤待機の熱がただただ高まった。

全力で待ってます!!!

 

以下感想↓

 

◇頑なに人を部屋に招きたくない2人

 

絶妙にあるあるなシーン。人を部屋に招き入れたくないがあまり、「(殺人の計画という)内容が内容だから外では話せない」という大前提から外れて打ち合わせ場所をファミレスにするという絶対にやめた方がいい妥協点に落ち着く。こだわりを貫くがあまり本質からずれて、あれ???っていうパターンの笑い、バカリズムのネタを見ているようでなぜか嬉しかった。「脚本家バカリズム」を感じた。

 

◇シリアス過ぎるナレーション

 

「ねばとろサラダうどんも美味しいが、肉盛りワイルドプレートガーリックソースのボリューム感を目の当たりにすると、自分もこれにすればよかったと、少しだけ後悔した」

 

声が良いで有名な(?)井浦新の重苦しいとも思えるナレーション、ポップな会話との温度差でめちゃめちゃ笑える。

父親の死を悲しむテンションと、夕飯をねばとろサラダうどんじゃなくて肉盛りワイルドプレートガーリックソースにすればよかった…って後悔するのあまりにも同じテンションで笑った。どう考えても違和感しかないテンションのナレーションが、いい具合にアクセントになっていてたまらなく面白かった。

 

 

ねばとろサラダうどんの応酬

 

(か)「ねばとろサラダうどんそこそこ栄養あるよ」

(み)「ねばとろサラダうどんってなんかあっさり済ませようとしてる感あるじゃん」

(み)「落ち込んでて食欲ないからねばとろサラダうどんなのかと思った」

(み)「あっ、そっちの意味のねばとろサラダうどんね

 

あまりにも連呼するのでどんなメニューかめちゃめちゃ気になって、ねばとろサラダうどん登場シーンを凝視したけど、特に「ねば」要素が見当たらなかった。マヨネーズかかってたし普通のサラダうどんっぽかった。(ねばねばしてるものとマヨネーズってあんまり合わせなくない??)

 

 

◇仲良く一緒に食事をしただけのファミレス

 

復讐の打ち合わせのために行ったはずのファミレス、結果的にいい歳したおじさん2人が仲良く夕飯一緒に食べただけという現実がシュール。ファミレスを出た後、これまた良い声で


室岡義之殺害の計画は、序盤から困難を極めたが、私たちの復讐に対する執念は決して弱まることはなかった

そもそも困難極まってない。打ち合わせ場所の設定ミスごときで復讐に対する執念弱まるくらいなら復讐なんてやめちまえっていう話。

バカリズムって当たり前のことを少しだけ大袈裟に捉えたり、少しだけ掘り下げることで笑いを生む天才だと思うんだけど、ちょっとしたところにバカリズムを感じる…嬉しい…(2回目)

 

◇作品外のこと〜雑記

・全部一馬の妄想ENDもいいなと思った

「(復讐を考えているなんて)気のせいじゃない?」と言って立ち去った一馬。実際はその後満に話しかけられてはおらず、「やるなら手伝うけど」からが一馬の妄想だったというのも面白いなと思った(架空OL日記的な)。

 

井浦新の役は当て書きだった https://natalie.mu/eiga/pp/satsui

一馬は井浦新に当て書きしたという記事を読んだ時、一馬は復讐に圧倒的な熱量を注ぐ人なのだろうなと思っていた。他を排斥し、自分の人生を投げ出してでも仇を取ろうとする人。

というのも、復讐殺人を企てる役を当て書きしたと言うのだから、井浦新の過去作品を見てそのイメージを役に反映させたのだと思ったから。井浦新の過去作品、一部例外はあれど総じて暗い。基本的に「身内を殺されている」「訳ありの殺人犯」「自分が死ぬ(あるいは既に死んでいる)」のうちのどれかに分類できる(私見)。

それなのにこの作品の一馬は、なんとも言えず頼りなくちょっと抜けている役柄。このポワポワ感はどちらかというと井浦新ご本人に近い感じ。(あくまで「近い」。ご本人は別に頼りなくもなければ抜けているわけでもない。ポワポワではある。)この一馬という存在がバカリズムから見た井浦新なのだとすれば、ドラマからは中々見えない柔らかい井浦新を見ていたんだなぁと思い、お2人の1ファンとして微笑ましいな…と思った。