たまき

ドラマ、映画感想をゆるゆると

ドラマ『TRICK 〜Troisième partie〜』考察~山田奈緒子の弱さと覚悟~

tamaki-trick.hatenablog.com

↑前回記事

はじめに

TRICK記事の項目に「上田と山田」パートを設けている時点でお察しではあるのですが、私はもともと恋というより愛で結ばれている男女コンビが大好きです。劇1を見返したあたりから「おや?」となり、S3のおでこコツンで感情がカンストしてしまい、上田と奈緒子が可愛くて可愛くてどうしようもありません。どうにか冷静に記事を書こうと思い視聴終了から時間を置いていますが、感想に偏りがあることが予想されます。温かい目で読んでいただければ幸いです。

 

S3の理解

エンタメ色がより一層濃くなって、命の危険を感じさせるようなヒリヒリする感じとか、おどろおどろしさは無くなったという印象。ただ、奈緒子と霊能力者の対比構造は読み取りやすく、最終回に向かっての大事なキーワードはいくつか出てきたように思う。そこで、今回はS2の記事では検討しなかった霊能力者と山田の対比構造のセクションを復活させようと思います。ただ、上田と山田の関係性に関しては劇1でほぼ完全と言っていいほど完成したなと思っているので、上田と山田パートの内容は薄めです。

 

ep.1 言霊で人を操る男

(1)雑感

初見時、「こんなにトリックガバガバ(ガッ虫で真っ黒になった門)でいいんか?」となった。見返してもやっぱり「こんなにトリックガバガバでいいんか??」ってなった。TRICKは、解いてしまえばバカバカしい子供騙しなんだけど「確かにこれを応用したら大勢の人騙せるよな」という納得のトリックが多かった気がするので、ちょっと失速感のようなものを感じた(運の要素は元々あったけどね)。ただ、この回はその代わりS3以降続く奈緒子の葛藤をまた生み出す回という良さもあるので相殺。

(2)芝川と山田

「お前は確かに粗忽者だが、霊能力者の血を引いているのだ。」

これを聞いた時、なぜ芝川が奈緒子の家系を知っているのか不思議で仕方がなかった。物語を俯瞰視点で見れば、S3のep.1だから、奈緒子がシャーマンの血をひいているという確認をする必要があったのだという理解はできる。でも、それなら冒頭で既に里見がシャーマンの家系であることは説明がされていて、その娘である奈緒子も当然にその血をひいているというのは視聴者には伝わるはず。そうすると、わざわざ芝川に言わせる必要は何だったんだろうか。

多分、というか私はこれしか思いつかなかったんですが、芝川も本物だったんだと思う。奈緒子の本質を言い当てたのはビッグマザー以来でかなり珍しいことだし(各シリーズ最終回は特殊なので除く)。言葉によって人を操る能力まではなかったにしても、人の気持ちだったり本質を見抜く能力はあった。それを利用されてしまったというビッグマザーと似た展開にしようとしたんじゃないだろうか。芝川の失敗は、自分の能力以上の能力を信じ込んでしまったことにあると思う。ただその勘違いによってビッグマザーのように贖罪としての死を選ぶことがなかったわけなので、その勘違いが良かったとも悪かったとも言えないところがある。

「先生とはいずれ、敵同士になる」

ちょこちょこ登場する「上田と奈緒子が敵同士になる」というワード。TRICK奈緒子にとっての本当の敵と、外部の人が意図的に作り出した敵が入り組んでいるので一応整理。

ここはシンプルに「霊能力を否定する学者」と「力を持っている霊能力者」は相反する関係という意味での敵なんだと思う。考え方が違うから「敵」というのも大袈裟だな…とは思うけれど、ep.5でカミヌーリの仕事は「島にとって邪魔な人間を呪い殺すこと」らしいので、殺す対象なのであれば「敵」という表現も頷ける(?)

(3)上田と山田

書くまでもない事ではあるんだけど、ちゃんと2人で逃げるという構図が確立されている。S2 ep.5、劇1に続き、S3でも自分が危ない目にあってでも2人で逃げようとする姿勢を見せているということは、この2人はもうお互いを本気で見捨てたりはしないよ、という公式からのメッセージなのだと理解した。最初から助けてはいたけれど、お互いに「この人と一緒なら何とか助かる」という認識はこの辺からなんだろうなと思っている。

 

ep.2 瞬間移動の女

(1)雑感

私の中で奈緒子は「正義感が人一倍強い人」というイメージだったので、冒頭で子供相手にインチキ商売始めているの結構ショックだった。つい出来心で…とかではなく、衣装もお化粧もきちんとしていたので本気でお金儲けしようとしていたっぽかったし。公式がこういう奈緒子像を生み出したからには受け止めるべきなんだけど、S1 ep.2とか、劇1で子供に対して大人として接する奈緒子が大好きだったので泣いた(情緒)。

ということで無理やり以下のように理解。

(2)美香子と山田

父親を殺されたという共通点のある2人。S1 ep.3以来の境遇一致。でも美幸の時と違って奈緒子は傷ついた描写は無いし、結構淡々と謎を解いている。キャラブレといえばそうなのかもしれないけど、私としては「奈緒子吹っ切れたんだな」と思って結構嬉しかった。父親が殺された事実は変わらないけれど、整理はついた。S1の時は目の前で不思議なことが起こったら怖くて解かずにはいられない女の子だった。自分の父親を殺した本物の霊能力者かもしれないから。でもだんだんそれが作業になってきて、相手にどんな不思議な現象を見せられようがインチキだと信じて疑わなくなってきている。

(3)上田と山田

これしつこいくらいに言ってるんですが、この2人に男女を意識させる描写があると、自分勝手な人間同士の不安定なバディ感が一気に傾いてしまう気がするんですよね。信頼を寄せすぎて安定してしまったらこのTRICKコンビの良さが消えてしまうというか。とにかくこの「お互いを悪く思ってはいないのに恋愛関係にない男女」というバランスを少しずつ形を変えながらも綺麗に保っている。

ただ、「押すなって」「反応しない!!」とか、あまりにも自然に受け入れている奈緒子、それはそれでどうなの??という感想をもった。1周まわって夫婦じゃん。S1みたいにセックス連呼とかはないけれど、S3も時間帯が変更された割には露骨な映像が多いですよね。

ep.3 絶対に死なない老人ホーム

(1)雑感

単純に好みの回だった。TRICKは「上田と奈緒子がヒーローで彼らが来たから全部うまくいく」という話ではなくて、「むしろ彼らが来なければみんな幸せだったのに…」という結末がTRICKの真骨頂だと思うのですが、このラストはシリーズ通しても上位に入る鬱エンドだったと思う。視聴者に傷を残すのはもちろんなんだけれど、奈緒子の傷がかなり深かったんじゃないだろうか。

(2)赤地と山田

珍しく奈緒子が涙を流すシーンで終わるep.4。ラストが奈緒子の涙で締めくくられるのはおそらくこの回だけ(似たような終わり方にS1 ep.4の千里眼の話があるけれど、あのラストは2人の表情からは感情が読み取れない感じになっている)。滅多に泣かない奈緒子を無駄に泣かせることはしないと思うので、奈緒子の涙について考えたい。

「本当はお父さんが好きだったんじゃないですか。」

奈緒子のこのセリフが今回の悲劇を引き起こしたと思う。完全に奈緒子のおせっかいなんですよね。上田も奈緒子もこれまでトリックを解いたら解きっぱなしで、信者がどうなるとか偽霊能力者の立場はどうなるとか、そういうところに気をまわしてはいなかった印象。でも、この回だけは赤地さんと父親の仲をどうにかしたいと構ってしまう奈緒子。

自分みたいに会えなくなる前に、お父さんへの愛をしっかり自覚させて伝えさせたいと思ったし、お父さんに息子からのの愛を受け取ってほしいと思っていたはず。でもその気持ちが、奈緒子が一番望まない結果を生んでしまった。

スリット美香子の回で、剛三の死そのものについては整理がついたことが分かったけれど、奈緒子の弱点というか、感情が揺さぶられるものの1つに父親があることがここで再確認できた。

(3)上田と山田

「懐かしいだろ」を聞いたとき叫んだ。上田にとって良くも悪くも思い出深い出会いなんだよな。噂によると、母之泉腸完全版では、研究室で食べていたわらび餅を「食っていいですよ」と言っていたらしいのでより一層思い出深いはず。

ちょうど「懐かしいだろ」と言って奈緒子にわらび餅を食べさせるふりをするシーンがラスステの回想シーンに入っているんですよね。「この日わらび餅を食べさせてあげればよかったな…」とかそういう感じなんですかね?普通に見たいのにラスステを想って辛い。

 

ep.4 死を招く駄洒落歌

(1)雑感

これは何回見ても何も考えずに純粋に楽しんじゃう不思議。特に奈緒子がどうこうというわけでもなさそうなので、偽霊能力との比較は保留(気付いたら加筆するかもしれない)。

(2)上田と山田

「すいませんでした、心配かけて」

奈緒子が上田に心配をかけたことをストレートに謝る初めてのシーン。

S2 ep.5「心配してくれるなんて気づかなかったんで」→劇1「私のことが心配で来たのか?」からの今回。もう奈緒子は自分がいなくなれば上田が心配してくれることを完全に分かっているんですよね。分かった上で上田から離れようとするS3の最終回、より一層の覚悟を感じる。

 

ep.5 年で物を生み出す女~黒門島の謎Ⅱ

S3の最終回以降、奈緒子の出生について新たな情報が付加されることはなくラスステで彼女が運命と対峙することになるので、S1から一貫してテーマになっている彼女の出生について掘り下げたい。

(1)カミヌーリと島を救う武器について

TRICKシリーズにおける各最終回の意味

S1→奈緒子が霊能力者である可能性を提示

S2→奈緒子が分家の恨みをも背負う存在であることを提示

S3→奈緒子が人を呪い殺す(傷つける)存在である可能性を提示

S1の記事でも書いたんですが、可能性として提示されてしまった以上、説明はできるけれど絶対にないとは言い切れない。奈緒子は不安をぬぐい切れないまま生きていくことになる。

黒津分家とカミヌーリ

黒津分家とカミヌーリの関係はシリーズを追うごとに変化しているので改めて整理。

【S1】

黒津分家→財宝を手に入れ島を乗っ取ることが目的。カミヌーリである奈緒子は利用価値があるから連れてきたが、最悪居なくてもいい存在。ただ、一応島の守り神として大事ではある。

カミヌーリ→島の母であり守り神。

【S2】

黒津分家→里見さん(=カミヌーリ)とは敵同士

カミヌーリ→S1と同様。しかし今回カミヌーリは島にいることを許された一部の存在であり、120年前島を追い出された者たちから恨みを買っていることが判明。

【S3】

黒津分家→黒門島を救ってほしい?

カミヌーリ→島を守る存在であり、島にとって邪魔な人間を呪い殺す存在

…正直ね、正直カミヌーリの設定大幅改変されてない??とは思った。祈祷師的なものからマジの霊能力者にポジションチェンジしている。これが奈緒子を騙すためのデタラメだったとしても、カミヌーリの情報は黒津たちからしか得られないので信じるしかない。

黒津分家は何がしたかったのか

結論、彼らは島を救いたかった集団なんだろうなと思った。上田の言っていたことをそのまま受け取れば、彼らの目的は、島を救うために奈緒子に箱を開けさせること。本家と分家のお家騒動だったS1、カミヌーリに対する恨みを奈緒子にぶつけてきたS2に比べれば動機はまぁ穏やか(そうか?)。霊能力者でなければ殺すという思考がありえないほど物騒だけど。

里見が封印したかったもの

・前提

「神の憎悪の象の像が封印しているのは、祖先の霊能力者が生み出した強力な武器。剛三と里見が黒門島から逃げ出したときに流れ着いた島に黒門島から持ち逃げした武器が封印されている。」というのが黒津たちの説明する封印の経緯。そして、その島を救う武器である箱を開けさせるために奈緒子を誘拐した。

・里見が封印したかったもの

S1の記事で、「里見の『霊能力者なんていないよ』という言葉は『霊能力を持つ人は存在するけれど、みんなのために自分が犠牲になるべき人間は存在しないよ』というメッセージなのではないか」と考えたんだけれど、S3を見てよりその考えが強まった。

島を救う最強の武器を黒門島から持ち出して、自分と剛三しか知らない言葉を封印を解く言葉にすれば誰にも開けられない。この先島の危機があったとしても、そのために誰かが犠牲になることがないようにしたかったのかなと思った。開かない扉はやがて人々から忘れ去られて、そういう文化が廃れていくことを祈ったのかもしれない。

・里見の復讐説

封印を解く言葉はプロポーズの言葉だと気付く少し前、ノベライズ版で奈緒子は自分の置かれている状況をこう分析していた。

そういえば、南方とかいう男が「焛」の読み方を聞いてきた。あれは里見が南方を通じて、自分に封印を解く言葉を教えようとしたのではないか。(S3ノベライズより)

里見は「箱を開けた最初の者は死ぬ」と書かれていることを知っていながら、奈緒子が封印を解くように仕向けた。里見が奈緒子を殺すようなことは絶対にしないので、「箱を開けた最初の者は死ぬ」ということは嘘だということ、ひいてはシバナガスの仕組みそのものをも知っていたと思われる。事件が思った以上に入り組んでいて、たまたま「シバナガスは猛毒だから逃げろ」と菊池が言ったから黒津たちは助かった。でも、黒津たちが当初の目的通りただ奈緒子に箱を開けさせるような状況だったら、黒津たちは逃げ遅れて死んでしまっていた。里見は自分を縛り付けていた島の文化も剛三を殺した黒津分家も忘れることなく憎み続けている。こういうことになるんじゃないだろうか。

もしこれが本当なら奈緒子がだいぶ可哀想だけど、S1でも上田の分析が正しければ里見さんは奈緒子を使って復讐を遂げたので想定しえないことではない。でも、奈緒子がこういう目に遭い続けるのは剛三が霊能力そのものを否定し続けたツケなのかなとも思う。奈緒子は人とは違う力を持っているのにそれを否定され続けてきて、それに倣って奈緒子も必死にそれを否定しようとしている。里見は力を受け入れて共存しながら生きていく道を奈緒子に選ばせようとしているのかもしれない。

・カミヌーリの役割

門島に伝わる武器が、シバナガスを発生させる箱だということは間違いない*1と思うんだけど、そうすると「カミヌーリは島にとって邪魔な人間を呪い殺す存在」というのはあながちデタラメでもないような気がする。里見が箱の仕組みを知っているのだから、カミヌーリは代々この箱の仕組みを語り継いできたと考えられる。そして、島を救う存在であるカミヌーリは、島が危機に晒された時仕組みを知りながらこの蓋を開けるのだとすればただの人殺しなんですよね。島にとって邪魔な人間を洞窟に集めて蓋を開けることで島を救おうというシステムなんだとしたら、カミヌーリには人を殺す役割も担っていたかもしれない。シバナガスが「呪い」なのかは疑問だけれど。

(2)山田の自己犠牲

S2 ep.5の時奈緒子が1人で妖術使いを探しに行こうとしたり、劇1では危ないと分かっていながら1人で死なぬ路に出向いたり、奈緒子には自分を犠牲にして他を助けようという姿勢がある。これは奈緒子が物語の主人公だからご都合主義的に見せ場を作っているのではなくて、奈緒子の自己犠牲は奈緒子のエゴなんですよね。自分に霊能力があると認めることは、霊能力の存在を否定していた大好きな父剛三からの存在否定を認めることになり、それに耐えられない奈緒子が死(あるいは死に近いもの)を選ぶという。非常に消極的で絶望的な、正義感とは程遠い動機によって自己犠牲をはかる。特にS3の最終回では、今まで見てきた奈緒子の行動の理由付けがされていると感じたので書いておく。

「助かる方法が1つあります。私がこの箱を開ければいいんです。」

この箱を開ければいいんです、ではなく「私が」この箱を開ければいいって言うんですよね。奈緒子が開ける必要なんてどこにもないのに。でも「自分は本来島を守るべき存在だから自分が開けなければいけない」という、奈緒子の中では筋の通った話で。S1で自分の出生を知って以来、霊能力を否定しつつも、いつか自分がカミヌーリとしての役割を果たさなければいけない時が来るんだと信じ込んでいる奈緒子。むしろその時が来るのを待っているのではないかとすら思う。ただ、それは許容というより諦めで、奈緒子の弱さでもある。あの状況でとっさに命を捨てることを判断したというより、その時が来たら死を受け入れようとずっと前から覚悟していたんだろうな。

「助かる方法が1つだけあるんです」と言って上田に別れを言い渡すラスステに非常によく似た構造になっている。ラスステの洞窟での覚悟は、もうこの時点で既に完成しているんだなと思って心が苦しい。(厳密に言えばS3は霊能力を信じて死を選ぶのに対して、ラスステでは「おかしいですよね、そんなの霊能力でも何でもないのに(うろ覚え)」と霊能力を否定しつつも死を選んでいるのでちょっと違うけれど。見返していないのでラスステ考察でちゃんと考えます。)

 

「もともとはみんな私のせいなんです。上田さんまで巻き添えになることないんです。」

奈緒子が責任を感じる必要なんてどこにもないのに「私のせい」って言うんですよね。

劇1で言っていた「今までのこと、全部ごめんなさい」とか、S3 ep.1で言っていた「謝らなくちゃいけないことたくさんあるけど」の謝意っていうのはきっと全部ここにかかってくる。奈緒子は上田に対してずっと「巻き込んでごめんなさい」と思っているという。もちろん上田と行動する時常に思っているわけではないだろうけど、心のどこかにそういう申し訳なさがあって、だからこそいざというときには自分を犠牲にしてでも上田を生かそうとするんですよね。

(3)上田と山田

「私と同じ黒門島の出身だからですか」

「あいつらならやりかねないよ」と言う上田に奈緒子が一気に心を閉ざすんだけど、多分こういう心理状態なんだと推察。

千賀子は自身の復讐のために人々に呪いを信じ込ませる必要があった。その復讐計画を黒津分家は奈緒子を誘拐するために利用した。千賀子の呪いを信じ込ませるために自殺をした人間がいるとするなら、それは回り回って奈緒子のために命を落としたともいえるわけで、そんなこと信じたくないに決まってるんですよね。

奈緒子の感情も上田の感情も揺れ動くシーンなのに、あえて顔を映さない演出が最高だった。声を張るわけでも小さい声でもなくただ淡々とした口調なのに、心の中は恐怖と怒りと混乱でいっぱいになっているはず。その表情がうつらないからこそ奈緒子の温度感が掴み切れなくて、視聴者にそこはかとない不安感が広がる。

上田を殺すかもしれないという恐怖

千賀子にカミヌーリは島にとって邪魔な人間を呪い殺す者だと教えられ、芝川の「先生とは敵同士になる」という言葉が奈緒子の中で一気に恐怖に変わっていったと思う。カミヌーリの伝統が残る黒門島の人々にとって、霊能力を比定する存在=島にとって邪魔な人間であり、奈緒子自身が上田を殺すことになるかもしれないから。この「上田を殺すかもしれない」という恐怖はS3で初めて登場したもの。S2の最終回では「私と一緒にいると危ないから」と言っているけれど、それは自分が上田に危害を加えるというよりも、妖術使いが来るから危ないかもしれないという意味なので。

奈緒子が本気で怖がっているんだなと思ったのは、呪いの封筒に上田の名前をひらがなで書いた描写。「長谷千賀子」は漢字で書いたのに、「上田次郎」は漢字で書かなかったんですよね。完全に信じてはいないけれど、もし自分の力が本物だった時、このひらがなで適当に書いた名前なら何とか助かるんじゃないかと思ったのかもしれない。

「上田さんはなぜ生きてるんですか」

奈緒子が目を覚ましてからのくだりが本当に大好き。

結果的に逃げ遅れただけだったけど、奈緒子が上田の胸に頭をつけた時、しっかり受け止めていたのがよかった。「私が開ければいい」「私のせい」と言っている奈緒子を見た上田は、奈緒子が抱えている傷がいかに深いかを知ったんですよね。S3以降の新作スペシャルや劇場版で上田の態度がどことなく丸くなっているのは、このシーンで他のために自分を犠牲にする奈緒子の弱さに触れたからだと思う。奈緒子の自己犠牲は強さではなくて、諦めであり、奈緒子の一番弱いところ。

奈緒子の方は、霊能力者として死ぬことを覚悟したのに生きている。ホッとしたと同時にそういう自分を怖いと思ったはず。自分でも気付かなかった弱さを上田に知られてしまったから、この時溢れた感情を上田にぶつけることが出来たんだと思う。ここでの奈緒子の感情は「好き」とかではあって欲しくない(超私見)。奈緒子が箱を開けようとしたとき、奈緒子は霊能力の存在を信じ込んで絶望していた。霊能力を肯定することは剛三からの存在否定であり、上田からの存在否定でもある。奈緒子は最後に一方的に上田に対して「今までありがとう」の気持ちを押し付けて、本当は霊能力でないもののために命を捨てようとした。上田から言わせれば「馬鹿なこと」をしているのに、上田は懲りずに霊能力ではないんだと何度でも奈緒子を安心させてくれる。それに対する「ありがとう」とか、巻き込んで「ごめんなさい」という気持ちが一気に溢れたおでこコツンはプラトニックながら最高に愛が溢れていた。

それはそれとして、シバナガスを吸った奈緒子は、高台から扉を目指す途中で倒れたように見えるので、上田まだ意識が戻っていない奈緒子を座らせてあげようとしたんだろうなと思って愛を感じた。

「焛」とプロポーズ

「上田が『焛』がプロポーズの言葉だと知らない」ということを指摘している方が多数おり、「いやいや…それはさすがに…」と思って見返したら本当だね!!上田の中での「焛」の認識はS1の「聖地」で止まってるね!!!(里見さんとの電話でその話を聞いたのならその限りではないけれどかなり望み薄)

奈緒子の「なぜベストを尽くさないのか」もまぁまぁ意味わからないけど、「焛」も全然意味わからないじゃんねぇ。

 

「まぁ、小さな事はこの際いいじゃないか。行くぞ。」

「私、もう少しここに残ります」

初見時、「S2と同じような終わり方だけど、最後に2人が出会える演出オシャレ~」とかのんきなことを考えていた。でもやむ落ちとノベライズを読んで、上田の「行くぞ」を断った奈緒子が大変心配になってしまった。

ノベライズによると奈緒子は手紙を交換した後去っていく上田を見ながらこういうことを考えていたらしい。

「あの先生とはやがて敵同士になる」おそらくそれは本当なのだ。科学者は後づけで何でも説明しようとする。だが、黒門島になぜカミヌーリが生まれ、母が島を捨てると同時に、なぜ島が滅び始めたのか、説明できる者は誰もいない。

どこまで公式のチェックが入っているか分からないけれど、さすがに完全に的外れなことは公式側もNGを出すとは思うので、奈緒子の心境として間違ってはいないという前提で話を進めます。

S1で「黒門島が滅び始めているのは里見のせいでも奈緒子のせいでもない」と上田がしっかり言ってくれていたにもかかわらず、奈緒子はそれを完全に信じているわけではないということが判明してしまった大変問題な部分。由々しき事態。上田が奈緒子に与えている安心感というのは一過性のもので、奈緒子が抱えている不安そのものは奈緒子の中に蓄積されている可能性すら出てきてしまって、読んだときに震えた。

↓菊雄にキレ散らかしているツイート

ただ、この状況が完全に絶望的かといえばそうでもなくて、奈緒子が上田を見失っても上田が奈緒子を見つけ出して連れ戻すというエンディングだったので、これからも上田は奈緒子を救い出してくれる存在なんだなと感じさせてくれた。

それを考えれば、この際あの「焛」がプロポーズだったかどうかなんて些細なことなのかもしれない。上田は奈緒子を「好き」かどうかは置いておいても「愛している」ことに変わりはないから。

*1:門島を逃げ出して流れ着いた島で封印したにしてはだいぶ本格的なシステムだったし、ちゃんと高台があったのも都合が良すぎる気がするけれど、疑い始めるとキリがないのでここは信じる。