たまき

ドラマ、映画感想をゆるゆると

『TRICKラストステージ考察』~上田次郎は何を待っていたのか~

上田次郎は何を待っていたのか。里見さんの言うように「奈緒子の声を聞き届けてくれる霊能力者を探している説」もあると思うんですけど、私は奈緒子本人を待っていたんじゃないかなと思っているのでまとめてみます。

懲りずに霊能力者に挑戦状を突き付ける上田

上田次郎、バカではないので、奈緒子の声が聞きたかったのならば世界中を飛び回って本当の霊能力者を探すと思うんですよね。上田のIFである鈴木(劇場版3)と同じように。でもそんなことはせずに、あの日奈緒子と出会った日の状況を再現しようとする。

 

嚙み合わない会話

考えすぎと言えばそれまでなんですが、研究室での上田と里見さんの会話、微妙にかみ合ってない気がするんですよね。

霊能力者を探しているんでしょう?という問いかけに対して一番適切な答えは「連絡を取ると言われたものですから」なはずなのに、ご飯を食べさせることを強調するんですよね。「もう死んでいる人に死ぬほどというのも…」と言っているところを見るに、そういう矛盾点を指摘できるくらいには上田は冷静なのに、上田の話は終始「連絡が取れたら」という前提ではなく「奈緒子に会えたら」前提で進んでいる。願望ではあるけれど、上田はやっぱり奈緒子本人をずっと待っていたんじゃないかなと思います。

カテゴライズできなかったもの

上田の論文

 上田が受賞した論文のタイトル、『不思議現象の発現メカニズム 意識レベルの階層構造』なんですけど、奈緒子の能力を科学で証明した可能性があるなと思っています。上田はいつも「霊能力なんてないんだ、科学で証明できるんだ」として奈緒子をつなぎとめていたわけだけれど、今回の洞窟では奈緒子の持っている力(無意識のうちに危険信号を感じる力)そのものは科学で証明できなかったんですよね。覚悟を決めていたとはいえ、その力を持っていたことが奈緒子の背中を押してしまった。特殊な能力ではなく、証明可能な力なんだと論文を書いたうえで奈緒子を待とうとしていたのかもしれない。想像でしかないけれど、そうだったらいいなと思います。

 リセットとしてのラスステ

ラスステのパンフの監督インタビューで、「ラストステージでリセットしてまた始まる」っておっしゃっているんですけど、上田は奈緒子を覚えているからこそのちょっとした違いが大好きなんですよ。

厳密に言えばS1の上田は偽霊能力者に辟易していて奈緒子の手品を見破ろうとしていたわけではないですが、視線の違いは演出上狙ったものでしょうから、上田の奈緒子に対する愛と製作陣の二人に対する愛を感じます。

 

以上、感想を掻い摘んで書いた形にはなりましたが、一応現時点でのラスステ考察はこんな感じです。新作スペシャルや他の劇場版も感想を書きたいなと思っていますので、その時にはまた覗いていただけると嬉しいです。

『TRICKラストステージ』考察~山田奈緒子はなぜ記憶を失わなければならなかったのか~

ラスステの終わり方には様々考察がされています。最後に現れた奈緒子について、本物の奈緒子なのかもう既に亡くなっているのか。そこから議論する余地のある題材です。

ただパンフ監督インタビューを見てみると、奈緒子の実態については答えが出ています。

奈緒子は記憶を全く失ってしまったのですか?

 

そうです、失っています。見た人の中には、記憶を失って救出された後、記憶を取り戻して上田の所にやって来たと思う人や、上田の夢オチと思う人もいるようなのですが、違います。奈緒子はここ14年くらいの近過去を失ってしまい、上田とのことは覚えていませんが、手品など、もっと昔からやっていたことは記憶しているんです。

 

公式サイドとしては「山田奈緒子は記憶喪失になって帰ってきた」という意図でこの作品を世に送り出したということなので、今回の記事はこれを前提にしよう思います。

これを再確認するための記事です。お付き合いください。

 

 

 

 

手品“は"覚えていることの意味

 

近過去の記憶がないということは奈緒子にとって幸せなことなのでしょうか。奈緒子がこの14年間上田と一緒に経験したことは、ドラマ内ではコメディチックに描かれていますが、悲しい殺人事件ばかり。そして奈緒子の数奇な出自、これもこの14年間で判明している。数々の事件や自身の出自を忘れることは奈緒子にとってむしろ幸せなことのように思います。

ところが彼女はマジックを忘れてはいないんですよね。このTRICKという作品においてマジックというのは奈緒子の飯のタネであると同時に、自身の力の否定という意味を持っている。

奈緒子はフーディーニ同様手品師として超常現象を否定しようとするんだけれども、自分には霊能力者の血が流れていて、それがいつか何か恐ろしいことを引き起こすんじゃないかというおびえを、、無意識のうちに常に抱いている。それをむしろ否定するために手品をやっているようなところもあるんじゃないか

(『さよならTRICK』蒔田さんインタビューより)

 

(父と母の)「悲劇的な関係が奈緒子の内面には集約されていて、彼女が手品をやっているのは、ある意味自分に流れている霊能力者の血を否定したいからでもあるわけです。父と母という相反する二人が奈緒子の中にはいる。本当は非常に暗い話だし、暗いキャラクター造形なんです。」(パンフレット蒔田さんインタビューより)

 

この奈緒子に対して上田と言う人間は奈緒子の血の否定を一緒にやってくれるヒーロー的存在。

 

深層心理で自分の霊能力に対する恐れを抱えている奈緒子に対して、上田は「この世に超常現象などというものは存在しない」ということを常に言ってくれる存在なんです。臆病でマヌケな男ではあるけれども、奈緒子にとっては常にヒーローであり、絶対に正しい人間でなくてはならない。(『さよならTRICK)

 

 

冗談を言ったり笑うのが得意でなかった14年前の奈緒子は、まさに父と母に挟まれた女の子であり、自分が手品をすることによって自分自身の力を無意識的に否定しながらもどこかで迷いがあったはず。上田と出会って、当たり前に冗談が言えるようになり、少しはうまく笑えるようになった。その上田という存在を失い、手品だけが彼女の中に残っている。超常現象を否定してくれる存在がおらず、孤独に自己否定を繰り返す山田奈緒子に戻ってしまったということなんじゃないかと思う。

 

 

なぜ脚本家(製作陣)奈緒子を記憶喪失にしたのか

 

奈緒子はなぜ記憶を失わなければならなかったのか、奈緒子はなぜ自分の命を投げ出したのか、奈緒子の約束の意味も含めて考えていきたいと思います。

結論から言えば「奈緒子と上田をもう一度出会わせるため」なんですが、以下私なりの考えをまとめます。

 

 

「まぁいいか」と言う奈緒

「そっか…じゃ、やっぱりあれはインチキだったんだ。まぁいいかそんなこと」

ガラスの消失マジックを上田に解説してもらった後の一言。

この一言がTRICKの最終回を表しているように思う。結局上田と奈緒子は暴かなくたっていいインチキを暴いてきたんですよね。まわりからしたらまったく気にしなくていい事を気にし続けてきた。奈緒子にとってはどうでもいい事ではないから。

でも、その奈緒子が霊能力がインチキか本物かについて「まぁいいか」って言うんです。S1からずっと暴き続けてきた偽霊能力をここで初めて許容する。偽物でも尊重すべきものであると分かった。 

 

なぜ奈緒子は命を投げ出したのか

「まぁいいか」で偽霊能力を許容した奈緒子は、自分たちが壊してしまった物に対する責任として命を捨てに行った。仮にあの後記憶が残ったとすれば、呪術師の代わりにこの土地で生きていく覚悟をしていたんですよね。いくらお金がかかっていようとも上田への挑戦のためにわざわざ日本に帰国してお金を取ろうとは思わないんじゃないだろうか。そもそもお金をもらえないのは分かっているし。

TRICKのラストで霊能力を許容した奈緒子がもう一度上田と出会うためには記憶を失っていないと説明がつかない。だから奈緒子の記憶を失わせるしかなかったのだと考えます。

 

 

上田はなぜ救えなかったのか(過去3回との違い)

ここまで書いてきたとおり、奈緒子の心理状態は今までとは違うんですが、これまでの奈緒子がどうやって上田の前からいなくなったのかいったん整理。

 

S1奈緒子→カミヌーリとして黒門島

S2奈緒子→妖術使いの仲間であると信じている

S3奈緒子→カミヌーリとして命をささげに行く

ラスステの奈緒子→自分が壊してしまったものに対して責任を果たしに行く

 

奈緒子が見た夢も、上田はいつもみたいに説明さえ出来れば奈緒子は納得すると思って説明をしたと思うんですよね。でもそれは「自分達が壊してしまったこの村を守る」と既に決めていた奈緒子にはただ背中を押す言葉にしかならなかった。

S3では奈緒子が犠牲になることを決める時、「(上田と自分は)違う世界の人間なんですよ」と言っているのに対し、「おかしいですよね、こんなの霊能力でも何でもないのに」と言っている。ラスステでは自分がカミヌーリとして何かを救いに行くわけではないんですよね。同じ世界にいる人間として責任を果たしにいく。霊能力のために命を懸けているのなら、霊能力そのものを否定すればいいだけだけれども、今回はそうではない。だから、いつも霊能力を否定することによって奈緒子を止めていた上田は、今回のことには対応できなかったんだろうなと思います。

 

奈緒子の約束はなんだったのか

 

これは見る人によってすごく違った見方になるのかなと思います。特に上田と奈緒子の恋愛(未満)模様は公式でもこれでもかと言うほど打ち出していたし、それが気になる人も多かったと思うので。ただ今回は出来るだけフラットに行きたいので強すぎる恋愛の意味合いではないと考えて話を進めます。

 

1)「必ず連絡をとります」

超常現象を信じた

奈緒子は言わずもがな超常現象を信じていなかったし、ましてや死の世界からの連絡何てありえないと考えていた人。ただ死を覚悟したその時、今まで縋ってこなかった死の世界に希望が見えた。あるいは上田が能力を認めたのだから、奈緒子も信じてみようと思った。自分の存在それ自体が霊能力が存在する確かな証拠でもあるから「必ず連絡を取ります」

上田に道を外させないため

劇3に出てくる鈴木、これは考えうる限り最悪な上田のIF。鈴木と出会った奈緒子は、上田が鈴木にならないように、偽霊能力者を殺すことがないように、この約束をした。彼女は「必ず連絡を取るから聞き届けてね」って言うんですよね。その言葉が呪いになって鈴木を苦しめ挙句霊能力者たちを殺させてしまう。奈緒子は上田にそういう風にはなって欲しくないと思う程度の情はあると思うんですよ。上田は待ってしまうかもしれない。弱虫だから。寂しがりやだから。そこで奈緒子はフーディーニになぞらえて「1年後に必ず連絡を取ります。」

この「連絡を取ります」は奈緒子の決意と言うより1年後連絡が来なかったら忘れてくださいねという奈緒子なりの愛の形。

 

 ※ところでフーディーニの約束

激ヤバなんですよ…愛情。フーディーニの結末を当然知っている奈緒子は、自分が死んだら連絡が取れないことも知っている。そんな彼女は「今自分が突然いなくなったら上田はきっと寂しいだろうから」という理由で最期に1年間の希望を上田にあげたのかもしれない。14年前には「あなたに会えてよかった」という別れたらそれっきりの存在だったのに、14年の年月を経て「死後の世界があるなら必ず連絡を取ります」という、たとえ死んでも愛に期待存在になったことに変わりはない。フーディーニが配偶者に告げた言葉を奈緒子は上田にささげる。

2)餃子と寿司を死ぬほどおごってくれ

 

超常現象を信じていた説をとったとしても、あの絶望的な状況で奈緒子が自身の生還を信じていたとは考えづらい。「死後の世界から連絡をとる」と「寿司と餃子を死ぬほど奢ってくれ」という両立しえない約束(死んだら寿司も餃子も食べられないので)をなぜ奈緒子がしたのかを考えてみたいと思います

生きて帰ってくるぞという奈緒子の意思

これが一番明るい説だと思う。まだ命をあきらめていない奈緒子。ただ「死後の世界があるなら」と奈緒子自身が言ってしまっているのでかなり望み薄。

上田が好きな自分の再現

奈緒子なりに上田が気に入っている自分というものがストックされていて、その最たるものが「食べ物にがめつい自分」だと思っている。「ふざけるな」とか「馬鹿か君は」とか言いながらちょっとうれしそうにする上田をずっと見てきたわけで。そういう意味のあざとさって奈緒子にはきっとある。だから最後に上田が好きであろう自分を見せてあげたかったんじゃないだろうか。

でも当の上田は奈緒子の下手くそな笑顔が大好きなんだよ奈緒子がいてくれればそれでいい上田。泣けてくる。

 

個人的に②②の流れなんじゃないかと思っています。

 

奈緒子の行動は贖罪なのか

TRICKの考察を読んでいると、「ラストステージは奈緒子と上田が“これまで壊してきた文化に対する”贖罪である」という意見を一定数見かけます。

感想は人それぞれなので「14年間の行動の贖罪説」を否定する気は全くないのですが、壊すべきでなかった風習はラストステージだけで、母の泉をはじめ、これまで奈緒子達が出会ってきた偽霊能力者は人を騙したり殺したりしてきたわけですから、奈緒子が償うべきものではないような気がしています(ラストステージも奈緒子1人が背負うべきものでもないけれど)。

上田を守りたかった奈緒

奈緒子は今までのシリーズとは違い、霊能力者として命をささげたのではなく、村の文化を壊してしまった「責任」として今回の行動を取っているわけです。

「全部私たちの責任なんです」と言うこと自体も奈緒子の変化なんですが、その責任を取る人を選ぶとき、奈緒子が自分の命を選ぶのが最高の愛だと思うんですよね。自分の命を捨ててでも上田が助かることを望んだし、自分が死んでも上田と連絡が取りたいって愛が過ぎる。

 

カテゴライズできなかったもの

「皆が助かる方法が一つだけあるんです」

冒頭で武器の紹介をしたのはこういうことだったのかなと思っています。奈緒子が犠牲にならずに済む道はあったんですよね。上田はあの洞窟で気付けなかっただけで、多分後で時限爆発装置の存在に気付いたと思う。奈緒子に行かせなくても済んだのにと思っただろうな。

「さよなら」

「あなたに会えてよかった」(S1)

「今までのこと、全部ごめんなさい」(劇場版1)

「今まで、色々とありがとうございました」(S3)

別にどうでもいいと言えばどうでもいい話なんですけど、今まで「ありがとう」も「ごめんなさい」も、伝えたかったことは全部伝えてきたからこそ、今回の別れの言葉は純粋に「さよなら」だったのかなと思ったって話です。それだけです…

 

終始まとまりがなかった記事でしたが、この記事では奈緒子が火をつけるまでのことを書いてみました。奈緒子が火をつけてからのことは次の記事で考えていきます!

 

 

ドラマ『TRICK 〜Troisième partie〜』考察~山田奈緒子の弱さと覚悟~

tamaki-trick.hatenablog.com

↑前回記事

はじめに

TRICK記事の項目に「上田と山田」パートを設けている時点でお察しではあるのですが、私はもともと恋というより愛で結ばれている男女コンビが大好きです。劇1を見返したあたりから「おや?」となり、S3のおでこコツンで感情がカンストしてしまい、上田と奈緒子が可愛くて可愛くてどうしようもありません。どうにか冷静に記事を書こうと思い視聴終了から時間を置いていますが、感想に偏りがあることが予想されます。温かい目で読んでいただければ幸いです。

 

S3の理解

エンタメ色がより一層濃くなって、命の危険を感じさせるようなヒリヒリする感じとか、おどろおどろしさは無くなったという印象。ただ、奈緒子と霊能力者の対比構造は読み取りやすく、最終回に向かっての大事なキーワードはいくつか出てきたように思う。そこで、今回はS2の記事では検討しなかった霊能力者と山田の対比構造のセクションを復活させようと思います。ただ、上田と山田の関係性に関しては劇1でほぼ完全と言っていいほど完成したなと思っているので、上田と山田パートの内容は薄めです。

 

ep.1 言霊で人を操る男

(1)雑感

初見時、「こんなにトリックガバガバ(ガッ虫で真っ黒になった門)でいいんか?」となった。見返してもやっぱり「こんなにトリックガバガバでいいんか??」ってなった。TRICKは、解いてしまえばバカバカしい子供騙しなんだけど「確かにこれを応用したら大勢の人騙せるよな」という納得のトリックが多かった気がするので、ちょっと失速感のようなものを感じた(運の要素は元々あったけどね)。ただ、この回はその代わりS3以降続く奈緒子の葛藤をまた生み出す回という良さもあるので相殺。

(2)芝川と山田

「お前は確かに粗忽者だが、霊能力者の血を引いているのだ。」

これを聞いた時、なぜ芝川が奈緒子の家系を知っているのか不思議で仕方がなかった。物語を俯瞰視点で見れば、S3のep.1だから、奈緒子がシャーマンの血をひいているという確認をする必要があったのだという理解はできる。でも、それなら冒頭で既に里見がシャーマンの家系であることは説明がされていて、その娘である奈緒子も当然にその血をひいているというのは視聴者には伝わるはず。そうすると、わざわざ芝川に言わせる必要は何だったんだろうか。

多分、というか私はこれしか思いつかなかったんですが、芝川も本物だったんだと思う。奈緒子の本質を言い当てたのはビッグマザー以来でかなり珍しいことだし(各シリーズ最終回は特殊なので除く)。言葉によって人を操る能力まではなかったにしても、人の気持ちだったり本質を見抜く能力はあった。それを利用されてしまったというビッグマザーと似た展開にしようとしたんじゃないだろうか。芝川の失敗は、自分の能力以上の能力を信じ込んでしまったことにあると思う。ただその勘違いによってビッグマザーのように贖罪としての死を選ぶことがなかったわけなので、その勘違いが良かったとも悪かったとも言えないところがある。

「先生とはいずれ、敵同士になる」

ちょこちょこ登場する「上田と奈緒子が敵同士になる」というワード。TRICK奈緒子にとっての本当の敵と、外部の人が意図的に作り出した敵が入り組んでいるので一応整理。

ここはシンプルに「霊能力を否定する学者」と「力を持っている霊能力者」は相反する関係という意味での敵なんだと思う。考え方が違うから「敵」というのも大袈裟だな…とは思うけれど、ep.5でカミヌーリの仕事は「島にとって邪魔な人間を呪い殺すこと」らしいので、殺す対象なのであれば「敵」という表現も頷ける(?)

(3)上田と山田

書くまでもない事ではあるんだけど、ちゃんと2人で逃げるという構図が確立されている。S2 ep.5、劇1に続き、S3でも自分が危ない目にあってでも2人で逃げようとする姿勢を見せているということは、この2人はもうお互いを本気で見捨てたりはしないよ、という公式からのメッセージなのだと理解した。最初から助けてはいたけれど、お互いに「この人と一緒なら何とか助かる」という認識はこの辺からなんだろうなと思っている。

 

ep.2 瞬間移動の女

(1)雑感

私の中で奈緒子は「正義感が人一倍強い人」というイメージだったので、冒頭で子供相手にインチキ商売始めているの結構ショックだった。つい出来心で…とかではなく、衣装もお化粧もきちんとしていたので本気でお金儲けしようとしていたっぽかったし。公式がこういう奈緒子像を生み出したからには受け止めるべきなんだけど、S1 ep.2とか、劇1で子供に対して大人として接する奈緒子が大好きだったので泣いた(情緒)。

ということで無理やり以下のように理解。

(2)美香子と山田

父親を殺されたという共通点のある2人。S1 ep.3以来の境遇一致。でも美幸の時と違って奈緒子は傷ついた描写は無いし、結構淡々と謎を解いている。キャラブレといえばそうなのかもしれないけど、私としては「奈緒子吹っ切れたんだな」と思って結構嬉しかった。父親が殺された事実は変わらないけれど、整理はついた。S1の時は目の前で不思議なことが起こったら怖くて解かずにはいられない女の子だった。自分の父親を殺した本物の霊能力者かもしれないから。でもだんだんそれが作業になってきて、相手にどんな不思議な現象を見せられようがインチキだと信じて疑わなくなってきている。

(3)上田と山田

これしつこいくらいに言ってるんですが、この2人に男女を意識させる描写があると、自分勝手な人間同士の不安定なバディ感が一気に傾いてしまう気がするんですよね。信頼を寄せすぎて安定してしまったらこのTRICKコンビの良さが消えてしまうというか。とにかくこの「お互いを悪く思ってはいないのに恋愛関係にない男女」というバランスを少しずつ形を変えながらも綺麗に保っている。

ただ、「押すなって」「反応しない!!」とか、あまりにも自然に受け入れている奈緒子、それはそれでどうなの??という感想をもった。1周まわって夫婦じゃん。S1みたいにセックス連呼とかはないけれど、S3も時間帯が変更された割には露骨な映像が多いですよね。

ep.3 絶対に死なない老人ホーム

(1)雑感

単純に好みの回だった。TRICKは「上田と奈緒子がヒーローで彼らが来たから全部うまくいく」という話ではなくて、「むしろ彼らが来なければみんな幸せだったのに…」という結末がTRICKの真骨頂だと思うのですが、このラストはシリーズ通しても上位に入る鬱エンドだったと思う。視聴者に傷を残すのはもちろんなんだけれど、奈緒子の傷がかなり深かったんじゃないだろうか。

(2)赤地と山田

珍しく奈緒子が涙を流すシーンで終わるep.4。ラストが奈緒子の涙で締めくくられるのはおそらくこの回だけ(似たような終わり方にS1 ep.4の千里眼の話があるけれど、あのラストは2人の表情からは感情が読み取れない感じになっている)。滅多に泣かない奈緒子を無駄に泣かせることはしないと思うので、奈緒子の涙について考えたい。

「本当はお父さんが好きだったんじゃないですか。」

奈緒子のこのセリフが今回の悲劇を引き起こしたと思う。完全に奈緒子のおせっかいなんですよね。上田も奈緒子もこれまでトリックを解いたら解きっぱなしで、信者がどうなるとか偽霊能力者の立場はどうなるとか、そういうところに気をまわしてはいなかった印象。でも、この回だけは赤地さんと父親の仲をどうにかしたいと構ってしまう奈緒子。

自分みたいに会えなくなる前に、お父さんへの愛をしっかり自覚させて伝えさせたいと思ったし、お父さんに息子からのの愛を受け取ってほしいと思っていたはず。でもその気持ちが、奈緒子が一番望まない結果を生んでしまった。

スリット美香子の回で、剛三の死そのものについては整理がついたことが分かったけれど、奈緒子の弱点というか、感情が揺さぶられるものの1つに父親があることがここで再確認できた。

(3)上田と山田

「懐かしいだろ」を聞いたとき叫んだ。上田にとって良くも悪くも思い出深い出会いなんだよな。噂によると、母之泉腸完全版では、研究室で食べていたわらび餅を「食っていいですよ」と言っていたらしいのでより一層思い出深いはず。

ちょうど「懐かしいだろ」と言って奈緒子にわらび餅を食べさせるふりをするシーンがラスステの回想シーンに入っているんですよね。「この日わらび餅を食べさせてあげればよかったな…」とかそういう感じなんですかね?普通に見たいのにラスステを想って辛い。

 

ep.4 死を招く駄洒落歌

(1)雑感

これは何回見ても何も考えずに純粋に楽しんじゃう不思議。特に奈緒子がどうこうというわけでもなさそうなので、偽霊能力との比較は保留(気付いたら加筆するかもしれない)。

(2)上田と山田

「すいませんでした、心配かけて」

奈緒子が上田に心配をかけたことをストレートに謝る初めてのシーン。

S2 ep.5「心配してくれるなんて気づかなかったんで」→劇1「私のことが心配で来たのか?」からの今回。もう奈緒子は自分がいなくなれば上田が心配してくれることを完全に分かっているんですよね。分かった上で上田から離れようとするS3の最終回、より一層の覚悟を感じる。

 

ep.5 年で物を生み出す女~黒門島の謎Ⅱ

S3の最終回以降、奈緒子の出生について新たな情報が付加されることはなくラスステで彼女が運命と対峙することになるので、S1から一貫してテーマになっている彼女の出生について掘り下げたい。

(1)カミヌーリと島を救う武器について

TRICKシリーズにおける各最終回の意味

S1→奈緒子が霊能力者である可能性を提示

S2→奈緒子が分家の恨みをも背負う存在であることを提示

S3→奈緒子が人を呪い殺す(傷つける)存在である可能性を提示

S1の記事でも書いたんですが、可能性として提示されてしまった以上、説明はできるけれど絶対にないとは言い切れない。奈緒子は不安をぬぐい切れないまま生きていくことになる。

黒津分家とカミヌーリ

黒津分家とカミヌーリの関係はシリーズを追うごとに変化しているので改めて整理。

【S1】

黒津分家→財宝を手に入れ島を乗っ取ることが目的。カミヌーリである奈緒子は利用価値があるから連れてきたが、最悪居なくてもいい存在。ただ、一応島の守り神として大事ではある。

カミヌーリ→島の母であり守り神。

【S2】

黒津分家→里見さん(=カミヌーリ)とは敵同士

カミヌーリ→S1と同様。しかし今回カミヌーリは島にいることを許された一部の存在であり、120年前島を追い出された者たちから恨みを買っていることが判明。

【S3】

黒津分家→黒門島を救ってほしい?

カミヌーリ→島を守る存在であり、島にとって邪魔な人間を呪い殺す存在

…正直ね、正直カミヌーリの設定大幅改変されてない??とは思った。祈祷師的なものからマジの霊能力者にポジションチェンジしている。これが奈緒子を騙すためのデタラメだったとしても、カミヌーリの情報は黒津たちからしか得られないので信じるしかない。

黒津分家は何がしたかったのか

結論、彼らは島を救いたかった集団なんだろうなと思った。上田の言っていたことをそのまま受け取れば、彼らの目的は、島を救うために奈緒子に箱を開けさせること。本家と分家のお家騒動だったS1、カミヌーリに対する恨みを奈緒子にぶつけてきたS2に比べれば動機はまぁ穏やか(そうか?)。霊能力者でなければ殺すという思考がありえないほど物騒だけど。

里見が封印したかったもの

・前提

「神の憎悪の象の像が封印しているのは、祖先の霊能力者が生み出した強力な武器。剛三と里見が黒門島から逃げ出したときに流れ着いた島に黒門島から持ち逃げした武器が封印されている。」というのが黒津たちの説明する封印の経緯。そして、その島を救う武器である箱を開けさせるために奈緒子を誘拐した。

・里見が封印したかったもの

S1の記事で、「里見の『霊能力者なんていないよ』という言葉は『霊能力を持つ人は存在するけれど、みんなのために自分が犠牲になるべき人間は存在しないよ』というメッセージなのではないか」と考えたんだけれど、S3を見てよりその考えが強まった。

島を救う最強の武器を黒門島から持ち出して、自分と剛三しか知らない言葉を封印を解く言葉にすれば誰にも開けられない。この先島の危機があったとしても、そのために誰かが犠牲になることがないようにしたかったのかなと思った。開かない扉はやがて人々から忘れ去られて、そういう文化が廃れていくことを祈ったのかもしれない。

・里見の復讐説

封印を解く言葉はプロポーズの言葉だと気付く少し前、ノベライズ版で奈緒子は自分の置かれている状況をこう分析していた。

そういえば、南方とかいう男が「焛」の読み方を聞いてきた。あれは里見が南方を通じて、自分に封印を解く言葉を教えようとしたのではないか。(S3ノベライズより)

里見は「箱を開けた最初の者は死ぬ」と書かれていることを知っていながら、奈緒子が封印を解くように仕向けた。里見が奈緒子を殺すようなことは絶対にしないので、「箱を開けた最初の者は死ぬ」ということは嘘だということ、ひいてはシバナガスの仕組みそのものをも知っていたと思われる。事件が思った以上に入り組んでいて、たまたま「シバナガスは猛毒だから逃げろ」と菊池が言ったから黒津たちは助かった。でも、黒津たちが当初の目的通りただ奈緒子に箱を開けさせるような状況だったら、黒津たちは逃げ遅れて死んでしまっていた。里見は自分を縛り付けていた島の文化も剛三を殺した黒津分家も忘れることなく憎み続けている。こういうことになるんじゃないだろうか。

もしこれが本当なら奈緒子がだいぶ可哀想だけど、S1でも上田の分析が正しければ里見さんは奈緒子を使って復讐を遂げたので想定しえないことではない。でも、奈緒子がこういう目に遭い続けるのは剛三が霊能力そのものを否定し続けたツケなのかなとも思う。奈緒子は人とは違う力を持っているのにそれを否定され続けてきて、それに倣って奈緒子も必死にそれを否定しようとしている。里見は力を受け入れて共存しながら生きていく道を奈緒子に選ばせようとしているのかもしれない。

・カミヌーリの役割

門島に伝わる武器が、シバナガスを発生させる箱だということは間違いない*1と思うんだけど、そうすると「カミヌーリは島にとって邪魔な人間を呪い殺す存在」というのはあながちデタラメでもないような気がする。里見が箱の仕組みを知っているのだから、カミヌーリは代々この箱の仕組みを語り継いできたと考えられる。そして、島を救う存在であるカミヌーリは、島が危機に晒された時仕組みを知りながらこの蓋を開けるのだとすればただの人殺しなんですよね。島にとって邪魔な人間を洞窟に集めて蓋を開けることで島を救おうというシステムなんだとしたら、カミヌーリには人を殺す役割も担っていたかもしれない。シバナガスが「呪い」なのかは疑問だけれど。

(2)山田の自己犠牲

S2 ep.5の時奈緒子が1人で妖術使いを探しに行こうとしたり、劇1では危ないと分かっていながら1人で死なぬ路に出向いたり、奈緒子には自分を犠牲にして他を助けようという姿勢がある。これは奈緒子が物語の主人公だからご都合主義的に見せ場を作っているのではなくて、奈緒子の自己犠牲は奈緒子のエゴなんですよね。自分に霊能力があると認めることは、霊能力の存在を否定していた大好きな父剛三からの存在否定を認めることになり、それに耐えられない奈緒子が死(あるいは死に近いもの)を選ぶという。非常に消極的で絶望的な、正義感とは程遠い動機によって自己犠牲をはかる。特にS3の最終回では、今まで見てきた奈緒子の行動の理由付けがされていると感じたので書いておく。

「助かる方法が1つあります。私がこの箱を開ければいいんです。」

この箱を開ければいいんです、ではなく「私が」この箱を開ければいいって言うんですよね。奈緒子が開ける必要なんてどこにもないのに。でも「自分は本来島を守るべき存在だから自分が開けなければいけない」という、奈緒子の中では筋の通った話で。S1で自分の出生を知って以来、霊能力を否定しつつも、いつか自分がカミヌーリとしての役割を果たさなければいけない時が来るんだと信じ込んでいる奈緒子。むしろその時が来るのを待っているのではないかとすら思う。ただ、それは許容というより諦めで、奈緒子の弱さでもある。あの状況でとっさに命を捨てることを判断したというより、その時が来たら死を受け入れようとずっと前から覚悟していたんだろうな。

「助かる方法が1つだけあるんです」と言って上田に別れを言い渡すラスステに非常によく似た構造になっている。ラスステの洞窟での覚悟は、もうこの時点で既に完成しているんだなと思って心が苦しい。(厳密に言えばS3は霊能力を信じて死を選ぶのに対して、ラスステでは「おかしいですよね、そんなの霊能力でも何でもないのに(うろ覚え)」と霊能力を否定しつつも死を選んでいるのでちょっと違うけれど。見返していないのでラスステ考察でちゃんと考えます。)

 

「もともとはみんな私のせいなんです。上田さんまで巻き添えになることないんです。」

奈緒子が責任を感じる必要なんてどこにもないのに「私のせい」って言うんですよね。

劇1で言っていた「今までのこと、全部ごめんなさい」とか、S3 ep.1で言っていた「謝らなくちゃいけないことたくさんあるけど」の謝意っていうのはきっと全部ここにかかってくる。奈緒子は上田に対してずっと「巻き込んでごめんなさい」と思っているという。もちろん上田と行動する時常に思っているわけではないだろうけど、心のどこかにそういう申し訳なさがあって、だからこそいざというときには自分を犠牲にしてでも上田を生かそうとするんですよね。

(3)上田と山田

「私と同じ黒門島の出身だからですか」

「あいつらならやりかねないよ」と言う上田に奈緒子が一気に心を閉ざすんだけど、多分こういう心理状態なんだと推察。

千賀子は自身の復讐のために人々に呪いを信じ込ませる必要があった。その復讐計画を黒津分家は奈緒子を誘拐するために利用した。千賀子の呪いを信じ込ませるために自殺をした人間がいるとするなら、それは回り回って奈緒子のために命を落としたともいえるわけで、そんなこと信じたくないに決まってるんですよね。

奈緒子の感情も上田の感情も揺れ動くシーンなのに、あえて顔を映さない演出が最高だった。声を張るわけでも小さい声でもなくただ淡々とした口調なのに、心の中は恐怖と怒りと混乱でいっぱいになっているはず。その表情がうつらないからこそ奈緒子の温度感が掴み切れなくて、視聴者にそこはかとない不安感が広がる。

上田を殺すかもしれないという恐怖

千賀子にカミヌーリは島にとって邪魔な人間を呪い殺す者だと教えられ、芝川の「先生とは敵同士になる」という言葉が奈緒子の中で一気に恐怖に変わっていったと思う。カミヌーリの伝統が残る黒門島の人々にとって、霊能力を比定する存在=島にとって邪魔な人間であり、奈緒子自身が上田を殺すことになるかもしれないから。この「上田を殺すかもしれない」という恐怖はS3で初めて登場したもの。S2の最終回では「私と一緒にいると危ないから」と言っているけれど、それは自分が上田に危害を加えるというよりも、妖術使いが来るから危ないかもしれないという意味なので。

奈緒子が本気で怖がっているんだなと思ったのは、呪いの封筒に上田の名前をひらがなで書いた描写。「長谷千賀子」は漢字で書いたのに、「上田次郎」は漢字で書かなかったんですよね。完全に信じてはいないけれど、もし自分の力が本物だった時、このひらがなで適当に書いた名前なら何とか助かるんじゃないかと思ったのかもしれない。

「上田さんはなぜ生きてるんですか」

奈緒子が目を覚ましてからのくだりが本当に大好き。

結果的に逃げ遅れただけだったけど、奈緒子が上田の胸に頭をつけた時、しっかり受け止めていたのがよかった。「私が開ければいい」「私のせい」と言っている奈緒子を見た上田は、奈緒子が抱えている傷がいかに深いかを知ったんですよね。S3以降の新作スペシャルや劇場版で上田の態度がどことなく丸くなっているのは、このシーンで他のために自分を犠牲にする奈緒子の弱さに触れたからだと思う。奈緒子の自己犠牲は強さではなくて、諦めであり、奈緒子の一番弱いところ。

奈緒子の方は、霊能力者として死ぬことを覚悟したのに生きている。ホッとしたと同時にそういう自分を怖いと思ったはず。自分でも気付かなかった弱さを上田に知られてしまったから、この時溢れた感情を上田にぶつけることが出来たんだと思う。ここでの奈緒子の感情は「好き」とかではあって欲しくない(超私見)。奈緒子が箱を開けようとしたとき、奈緒子は霊能力の存在を信じ込んで絶望していた。霊能力を肯定することは剛三からの存在否定であり、上田からの存在否定でもある。奈緒子は最後に一方的に上田に対して「今までありがとう」の気持ちを押し付けて、本当は霊能力でないもののために命を捨てようとした。上田から言わせれば「馬鹿なこと」をしているのに、上田は懲りずに霊能力ではないんだと何度でも奈緒子を安心させてくれる。それに対する「ありがとう」とか、巻き込んで「ごめんなさい」という気持ちが一気に溢れたおでこコツンはプラトニックながら最高に愛が溢れていた。

それはそれとして、シバナガスを吸った奈緒子は、高台から扉を目指す途中で倒れたように見えるので、上田まだ意識が戻っていない奈緒子を座らせてあげようとしたんだろうなと思って愛を感じた。

「焛」とプロポーズ

「上田が『焛』がプロポーズの言葉だと知らない」ということを指摘している方が多数おり、「いやいや…それはさすがに…」と思って見返したら本当だね!!上田の中での「焛」の認識はS1の「聖地」で止まってるね!!!(里見さんとの電話でその話を聞いたのならその限りではないけれどかなり望み薄)

奈緒子の「なぜベストを尽くさないのか」もまぁまぁ意味わからないけど、「焛」も全然意味わからないじゃんねぇ。

 

「まぁ、小さな事はこの際いいじゃないか。行くぞ。」

「私、もう少しここに残ります」

初見時、「S2と同じような終わり方だけど、最後に2人が出会える演出オシャレ~」とかのんきなことを考えていた。でもやむ落ちとノベライズを読んで、上田の「行くぞ」を断った奈緒子が大変心配になってしまった。

ノベライズによると奈緒子は手紙を交換した後去っていく上田を見ながらこういうことを考えていたらしい。

「あの先生とはやがて敵同士になる」おそらくそれは本当なのだ。科学者は後づけで何でも説明しようとする。だが、黒門島になぜカミヌーリが生まれ、母が島を捨てると同時に、なぜ島が滅び始めたのか、説明できる者は誰もいない。

どこまで公式のチェックが入っているか分からないけれど、さすがに完全に的外れなことは公式側もNGを出すとは思うので、奈緒子の心境として間違ってはいないという前提で話を進めます。

S1で「黒門島が滅び始めているのは里見のせいでも奈緒子のせいでもない」と上田がしっかり言ってくれていたにもかかわらず、奈緒子はそれを完全に信じているわけではないということが判明してしまった大変問題な部分。由々しき事態。上田が奈緒子に与えている安心感というのは一過性のもので、奈緒子が抱えている不安そのものは奈緒子の中に蓄積されている可能性すら出てきてしまって、読んだときに震えた。

↓菊雄にキレ散らかしているツイート

ただ、この状況が完全に絶望的かといえばそうでもなくて、奈緒子が上田を見失っても上田が奈緒子を見つけ出して連れ戻すというエンディングだったので、これからも上田は奈緒子を救い出してくれる存在なんだなと感じさせてくれた。

それを考えれば、この際あの「焛」がプロポーズだったかどうかなんて些細なことなのかもしれない。上田は奈緒子を「好き」かどうかは置いておいても「愛している」ことに変わりはないから。

*1:門島を逃げ出して流れ着いた島で封印したにしてはだいぶ本格的なシステムだったし、ちゃんと高台があったのも都合が良すぎる気がするけれど、疑い始めるとキリがないのでここは信じる。

『TRICK劇場版1』考察~風習に託けた思考停止へのアンチテーゼ~

今回の記事は上田と奈緒子の関係性に言及する内容がかなりの分量を占めています。ただ、「上田と奈緒子お似合いだよね!」という趣旨のものではないことを念のため申し上げておきます。上田と奈緒子のラブストーリーがメインではないTRICKにおいて、「なぜ宝を捨ててまで上田の元に行ったのか」という点を「大切だったから/好きだったから」だけで片付けるのはちょっと違うのかなと(あくまで私見です)。そこで、前半は本作の悲劇はなぜ起こったのかについて考え、後半に本作における上田と奈緒子の言動の意味を探っていきたいと思います。

 

 

(1)悲劇の原因

私このお話見たときに神崎さんと南川さん(長いので以下「神崎たち」)「怖いな」と思ったんですよね。偽物の神を殺しているからとか奈緒子を消そうとしたからとかそういうことではなく、神崎たちの思考回路が。筋は通っているけれど、そこに至るまでの過程が非常に幼稚に見えた。

神崎たちが奈緒子を呼んだのは「琴美を神様としてこの村に認めてもらう。そのためには偽物の神を糾弾しなくてはいけない。じゃあ手品師を呼ぼう。」というのが大雑把な流れですよね。この中で

①手品師を呼ぶことを思いついたきっかけとその後の資料選び

②琴美を村の人に認めてもらう必要があったのか

の2点について神崎たちの特徴が出ているなと感じました。

手品師を呼ぶことを思いついたきっかけとその後の資料選び

神崎たちの話をそのまま受け取ると、『良い子の黒絵本シリーズ④ 奇術師VS呪術師』を読んで奈緒子を呼ぼうと思いついたそう。この本はもともと琴美のために買ってきたのだろうと思う。大の大人が半分伝説みたいなこの本の内容を読んで「あっこれならいける!」って考えちゃう思考も若干ホラーなんですが、TRICKの世界の霊能力者ってほとんどそういう人たちなのでここはスルー。ただ、その絵本をきっかけに神崎たちは下調べをするために手品を勉強(?)をし始めたんですよね。だから『ナポレオンズの不思議術』とか『Mr.マリックの超魔術』とかその他諸々のマジックの本が座卓の上に散らばっていた。でもこのラインナップを見て、神崎たち情報の集め方を知らない人たちなんだろうなという印象を受けた。本屋に平積みしてあるパッと目につくものを買ってきた感じで、ちゃんと選べていない。次の項目に詳しく書くんですが、彼らは村の人に比べて物を知っている気でいて実はほとんど分かってないんだろうなと思う。

琴美を村の人に認めてもらう必要があったのか

このお話「神崎たちがこの村を出ていればこの悲劇は起こらなかった」ということに集約されると思う。

「どうしても村の人たちにこの子を認めさせたかった。それで、琴美を神様に。」

本当は村の人たちに認めてもらう必要なんてなかったんですよね。ただ、神崎たちは村から出ない。神崎たちはこの村にいる限り”イケてる存在”でいられるからなんだと思います。自分たちがこの村で一番新しい考えを持っていると信じて疑わないし、それがちょっとした自慢でもあるんですよね。神崎以外の村の人間は民族衣装(?)を来ているのに神崎だけは洋服なのはそういう驕りの現れだし、テレビが暴れん坊将軍しかないことについてわざわざ「退屈でしょうが」と付け加えるのも、この村の人より物事分かってるよというアピールな気もする。とにかく、この2人は閉ざされた因習の村の中のシティボーイとシティガール(パンフレット堤監督インタビューより)と自負していて、自分たちに相当な自信があるわけです。ただ、一歩村の外に出ればただのありふれた人に成り下がってしまうんですよね。それどころか、年齢の割に子供っぽいファッションや言動は異常でさえあるという。車中で楽しそうにコーラスをするのとか、どう考えてもお客さんを乗せている時の態度じゃないし、あの奈緒子が若干引いていた。

 

「私たちの本当の宝は琴美だけ」

村の財宝を守り続けることが南川家の役割だったけれど、それを捨てる覚悟をした神崎たち。衝撃だったのは、奈緒子に宝を託すにあたって「(宝を)売れば何億円にもなる」と言ったこと。代々守ってきた宝を人に譲るなら、譲った人に大事に持っていてもらいたいんじゃないだろうか普通は。だからそんなに大事じゃなかったんじゃないかなと思う。というか何で大事かもわかってなかったんだと思う。大事だから大事。全部思考停止してる。

自己形成をするにあたって、自己受容をすることは非常に大事なことなんですが、自己受容をしたその先の選択というものを菊姫様に全部任せてしまった。要するに、自分たちは「糸節村の中で一番物事をわかっている人間」という自己受容をしていて(自己肯定感だけを持っていて)、その先にあるべき「村を改革する」とか「村を変えるのは無理だから村を出よう」という、自己選択を放棄しているんですよね。そういう風習のある村だから仕方ないけれど、神崎たちの成長はそこで止まってしまった。だから、村の人にこの子を認めさせるしかないという視野狭窄に陥った。

 

(2)琴美と山田

子供という保護対象

「何してるの?こんな夜遅く」

「大丈夫?擦りむいたの?」(と言いながらおそらくハンカチを取り出そうとしている)

S2のep.4の上田もそうだったんですが、普段小学生みたいなやり取りをしているのに上田も奈緒子も子供に対しては大人としての態度をとるんですよね。子供を守る大人としての立場を貫いている感じがして、奈緒子が宝を捨てた理由の1つがここにあると思う。このまま見て見ぬふりは出来なかった。

運命を着せられた琴美

「昼間はね、暗闇で数を数えて過ごすの。神様だから仕方がないの。」

奈緒子、S1 ep.2では、自分がインチキを暴いたことで1人の少女が堂々と生きていけるようにしたんですよね。S2 ep.4では子供の傷が深くて失敗したけれど。大人の事情で何も知らずに「神様だ」と言われて人生を翻弄させられる子供を黙って見過ごすことが出来ないんじゃないかなと思う。奈緒子自身がそうだから。普通の女の子として生きていくことが出来ない人だから。

父親を亡くしたという共通項

これは意図的にリンクさせているんじゃないかなと思う。奈緒子の子供時代を演じている塚本璃子ちゃんを起用しているし。片や霊能力(神様)を否定する奈緒子、片や霊能力のために死なざるを得なかった琴美。この2人を分けたものは何だったかと言えば、まぎれもなく母親の違いなんですよね。もっと言えば、自分が死んでも母娘が絶望しないように生きた父親の違いなんですよね。

奈緒子は剛三の「霊能力は存在しない」という言葉に縛り付けられて、奈緒子自身の力に向き合う時ひどく彼女は傷つく。父の言葉が奈緒子の存在否定になりかねないので。でも剛三のその言葉がなければきっと奈緒子は琴美と同じ結末を迎えていた。剛三の言葉が招く奈緒子のジレンマがここでまた1つ具体化された気がする。

 

(3)上田と山田

劇1、正直ラブの要素をかなり感じたし、なにより監督もインタビューで明言されていた。

「僕は、だめ~な感じのラブストーリーにしたかったんです。最後の最後に奈緒子の言う台詞は我ながら素晴らしいと思います。第一、奈緒子と上田がラブラブになったら終わりじゃないですか(演出の観点から)。(劇場版1パンフレットより)

ただ、この2人が当初からラブだったわけではなく、TRICKの第1シリーズではむしろその関係性を脚本家の林さんが「恋愛関係のない2人として書いています。」とおっしゃっていた。そして蒔田さんは「恋愛関係にかなり近いものと解釈してもらってもかなわない、ただ恋人同士だと助けに行くという行為が義務感に変わってしまいそうだから「自分がいなければあいつはダメだみたいな関係性を感じ取ってほしい」旨の発言をされていた。(TRICK完全マニュアルより)

2人の関係性がどのようなものかは図りかねるのですが、私としては「二人の距離は初期よりほんの少しだけ近づいた」という理解をしました。ではこれを踏まえて劇中のどの発言から二人の距離をどう考えるのかということを以下まとめていきます。

 

2人の喧嘩

いつもの小学生みたいな喧嘩ではなくて、結構マジの大人の喧嘩だったので心が痛かった。

奈緒子の衣装、花やしきのステージで着ているような衣装ではなくて、多分結構いいやつ着てるんですよね。イヤリングもつけて、髪も普段のステージ以上に綺麗にまとめて。高級料亭に合わせた格好で営業に来ている。上田のメンツをつぶせないなという気持ちも多少はあったと思う。多少はね。

一方の上田、友達というのは名ばかりのマウントを取るために人付き合いをしている集団の中にいるので、いつもの5割増しで嫌な奴。この集団の前で弱みを見せるわけにはいかないので奈緒子のフォローを全然できない上田。そして、あの奈緒子が見たことないくらい本気で怒って落ち込んでいるのに、次郎号のサイドミラー壊されたら奈緒子を追わずに迷わず次郎号の心配をしちゃう上田(やむ落ち)。ものすごく小さい。だから上田。

ただ、奈緒子のマジックの一番のファンはきっと上田なんだろうなとも思った(照喜名は奈緒子の顔推しだと理解している)。見せ物をする人を呼ぶのもマウントのうちなのかもしれないけれど、多分半分くらいは本気で奈緒子のマジックを面白いと思って呼んだんだろうな。思いのほかウケなかったから知らんぷりしただけで。

 

でもこの後上田と再会した時、手拳2発で許してやるんですよね奈緒子。

 

そして、上田が自分を追いかけてきた可能性まで考えている。違ったけど。

「上田、もしかして私のことが心配で来たのか。」

「馬鹿なこと言うなよ、俺は君の心配をしてる暇などないということを伝えに来たんだよ。」

S2の妖術使いの森の中で「心配してくれるなんて気付かなかったので」と言っていた奈緒子がちょっと学習しているんですよね。2人の距離が縮まっていくのって本当にこういうほんの小さい気持ちの変化の積み重ねな気がする。普通の人の「当たり前」はこの2人にとっては当たり前ではないから(普通あんな別れ方をして連絡が取れなくなったら心配するけど、この2人に限ってはそれが当たり前には成立しない)。

 

お互いを見捨てない2人

「上田さん、私、やります。」

これ「上田さん(を助けるために)私やります」っていう意味だと思うんですが、劇1は基本離れているからこそ互いのことを想って行動を起こす描写が非常に多いなという印象。S1からなんだかんだいって助け合って来たけれど、それを純粋に相手のためにしている描写って少なかった気がするんですよね。奈緒子を助けるために火を放った上田のために、今度は奈緒子が上田を助けるために死なぬ路に向かう。300年生きる人が本物だろうが偽物だろうが、実際に会って何とかしない限り上田を助けることは出来ないから(多分)。

そして上田からしてみれば、頼んでもいないのに「今までのこと、全部ごめんなさい。」というメッセージを残して1人で戦いに行った奈緒子は、いつも1人で全部背負って消えてしまう非常に不安定な存在に見えるだろうなと思う。

 

「何を迷ってるんですか。他に何か大切なものでもあるんですか。」

「大事なものなら、私にだってあります。」

ちょっとセリフくさいこのシーン。S2 ep.2 占い師の回の「大切なもの」ともリンクしているので「大切なもの=上田か…?」となる。ただ、これ上田のためだけとなると切り株メッセージで若干動揺していた描写も相まってラブが強すぎる気がするのでもうちょっと考えたい。

繰り返しになりますが、神崎たちは普通の人からすれば非常にお粗末な理由で人を殺しているわけです。ただ、奈緒子は自身の出生が特殊であることとか、これまで様々な理由で偽霊能力者になっている人を見ているだけあって神崎たちのことを理解はしていると思うんですよね。ただ、理解することとそれを許すことは違う。

まぁあと単純にこのまま逃げると、殺人計画を黙認することになってしまうので奈緒子はそういうことしないだろうなという。

森の中で出会う2人

個人的にここが劇1の中で1番2人の絆が見えた瞬間だと思う。奈緒子は宝を放り投げた後上田のいる小屋を目指して走った。上田は自慢の下半身を晒して脱出し奈緒子のいる死なぬ路を目指して走った。だから森の中で2人は出会えた。お互いがお互いを見捨てなかったんですよね。逃げられるのに。S1で「遅いんで、泣く泣く…」と書き残して帰ろうとしていた奈緒子を思い出すと泣ける。わざわざ上田を迎えに行く奈緒子。

 

関係性検討は以上なのですが、劇1で離れて行動していてもバディとして成立する上田と奈緒子が完成したように思います。S3で放送時間枠が変わり、かなりポップな印象になりましたが、奈緒子が多少上田に頼れるようになり、自身の過去もS2、劇1を通してある程度整理がつけられたからこそS3でかなりボケ倒すコミカルな奈緒子になっていったんだろうなと理解しています。これを土台にS3での上田と奈緒子の Je vous aime を次回記事で考えようと思います。

(4)カテゴライズできなかったもの(さほど重要ではない)

「まもなくあなたに死が訪れる」

神003のこのセリフを言われて本気で死にかけた奈緒子。S2あたりから奈緒子の恐怖はS1ほど表面には現れず、奈緒子自身もあんまり気にしなくなったとは思う。あえて無理やり読み取るとしたら、トリックが理解できなかったことと、ビッグマザーの「あなたは霊能力者に殺される」という言葉と相まって暗示にかかりやすかったのかなという考察をしてみる。我ながら超無理やり。

シスラナ

私、シスラナのダブルミーニング絶対上田はわざとやったんだと思っていたんですよ。トリックを解く以外の頭の回転は速い人だし。でも、上田が出版している『人生の勝利者たち』読んだら、どうも本気で気付いてなかったぽいんですよね…こればっかりは衝撃でした。意図せず「アイタイ イマカラ シスラナ テハイ」なんてヘンテコ文章書いたのか上田…

上田さんって頭悪いですよね、頭良かったら縦読みなんてすぐに気付きますもんね。(CV.奈緒子)

ドラマ『TRICK2』考察〜認められなかった者達に妬まれたカミヌーリ〜

tamaki-trick.hatenablog.com

↑前回記事

S2の理解

S1は霊能力者1人1人が奈緒子に影響を与えていましたが、S2はエンタメ作品としてのキャラ立ちが重視されているように思います。小ネタだったりパロディであったり上田と奈緒子の掛け合いであったり、キャラクター達を楽しむという要素がかなり強いという理解でいます。そのため今回は奈緒子と霊能力者の関係性についての検討はせず、最終話に行くまでの上田と山田の関係性について触れ、最終話の妖術使いがなんだったのかについて考えます。

そしてS1では①自分が霊能力者に殺されるかもしれないという恐怖と②自分は霊能力者かもしれないという恐怖を背負っていた奈緒子ですが、S2では①の要素はほぼなくなったという印象です。それは奈緒子が様々な偽霊能力者に出会ううちに、本物の霊能力者なんてほとんど存在しないことを知ったため①を心配する必要がなくなったということが理由の1つだと思われます。

 

ep.1 六墓村

(1)雑感

36歳(?)で教授になった上田。教授になるのは並大抵のことではないので、非常に運がよくて非常に優秀。村に出向いてその体験を本に書いたりテレビに出たりしながら本業である物理学の研究論文を結構ヒットさせていたことになる。上田次郎すごい。それから、里見が文字の力商法を展開し始めている。とんでもない金額なんだけど、それを信じて人が集まってきてそれなりに成功しているならもはやそれは才能。S2から全面的に「文字の力」を強調してきたのは、おそらく霊能力を否定する奈緒子と不思議な力の存在を肯定する里見をわかりやすく対比するため。

(2)上田と山田

S1は結構あっさりしていた関係だったけれど、S2はお互いにかばうシーンがep.1から多い。ちょっとした仲間意識が芽生えている。例えば亀岡に上田がいびられてへこんでいる上田のために手品を披露し、亀岡に「あなたは落選する」と言う。これ多分S1奈緒子だったら同じ状況になってもやらなかったと思うんですよね。上田の方も、奈緒子が寝ぼけていたんじゃないかと言われた時に「彼女の言うことはほぼ確かです。私もさっき部屋の外で怪しい影を見ましたからね。」と言う。とはいえ、せっかくかばってくれたのに「上田教授はまた気絶されたのでありますか。」とへし折る奈緒子。協力してお互いを助けるのかと思いきや、わらしが淵では洞窟の酸素を我先にと消費し合う。一筋縄ではいかない。

今回初めて2人で旅館に泊まることになった上田と奈緒子(S1 ep.2では矢部もいたので2人ではないとカウント)。同室にしないと2人の会話シーンが撮れないからこういう形にしたのだとは思うのだけれど、男女が2人で同じ部屋に泊まるという状況を変に意識させないところが非常に上手いなと思った。部屋のグレードに文句を言いこそすれ同室であることについて文句を言わせないことで、付き合ってもいない男女が同室に泊まるという状況を視聴者が結構すんなり違和感なく受け入れられる。この2人の面白さって、かなり自分勝手な人間同士が何だかんだ言いながら行動を共にしている、という点にあると思うんですよね。だから一緒に部屋に泊まってちょっと緊張する描写とかを入れて恋愛っぽく見せてしまうと、その凸凹具合の面白さが薄れてしまう気がする。

ただ、劇1あたりから結構分かりやすい好意の匂わせがあり、S3最終話の上田の発言、その他公式出版物や中の人のインタビューはシリーズを重ねるごとにラブの要素を結構許容しているところがある。そのため、私がここで言っている2人の面白さはS2 ep.1時点での面白さということにしておく。

(3)美佐子と奈緒子を重ねていたのはなぜだったのか

境遇が似ているというわけでもないし、これは何でだったんだろうか。ロングスカートばかりかご丁寧にカバンまで似せていたし。奈緒子と重ねることで、美佐子の顔が仲間由紀恵さんばりに美しかったんだと想像させるためだったのかな。映像トリックというか。平蔵さんが大好きな顔なんだからこっちがどうこう言う問題でもないのでこれくらいにしておく。

 

ep.2 100%当たる占い師

(1)雑感

これは結構上田と奈緒子にとっては傷の残る回だったんじゃないかと思う。自分たちがパフォーマンスをしなければ占い師は死なずに済んだかもしれないから。

(2)上田と山田

結局終始奈緒子が上田を心配することによって話が展開していくから、ちょっと間違えると男女バディなだけにテイストが甘くなりがち。奈緒子は、上田の大学に連絡し(やむ落ち)、矢部に連絡し、吉子の屋敷に出向いてまで上田を探しに行く。極めつけには本人にも「心配してたに決まってるじゃないですか」と伝える。上田の方も奈緒子のピンチをここぞというときに救ってくれる。

ただ、上田が隠れていたのは奈緒子を救うためではなくて「いざというとき自分だけ逃げるため」(真偽のほどは不明)だし、奈緒子は夢のお返しとして上田にパンチを食らわせる。何事もなかったかのようにカラッとした印象にするこのバランス感覚がちょうどよかった。2人の双方に対する信頼の無さ加減(良い意味)はちょっと心配されたくらいでは揺らがない。

 

ep.3 サイ・トレイラー

(1)雑感

奈緒子大活躍回。光源トリックとか上田が解決してもよさそうなのにことごとく奈緒子が解決していく。おそらくすべてはラストの「あなたは優秀なサイ・トレーラーでしたよ。」のためだと思われる。

「ゾーーー↑↑ン」を見たときトリックシリーズでも上位に入るふざけだなと思ってちょっと苦手だったんですが、よくよく考えればすごくかわいそうな人で、ふざけてるって思ってごめん…となった。

(2)上田と山田

特筆することはない。しいて言えば奈緒子は上田との関係性を「腐れ縁」だと思っていることが冒頭判明する。(追記するかもしれない)

 

ep.4 天罰を下す子

(1)雑感

今回は上田と奈緒子が一緒に1つの事件を解決するのではなくて、2人が追っている別々の事象がつながって解決した初めてのパターン。ep.3冒頭の願掛けの効果はなく、むしろ「腐れ縁」が強まったのではないかとすら思う。そして恵美を守るためとはいえ奈緒子に天罰を下すよう頼んだ上田、だいぶひどい。それを怒りはするものの次の回では何事もなかったかのように許している奈緒子、懐が深い。

それから、こういうちょっとしたところから暮らしや性格が見える感じ好き。

(2)上田と山田

奈緒子の名前を書いてしまった罪悪感から差し入れを用意したり、危なくないように留置所に入れたり、扱いはひどいけれど大事じゃないわけではないんだなというのが分かる。ずいぶんな荒療治ではあるけれど。この回はこれからにつながる上田と奈緒子の描写があったなと感じた。

「笑顔が可愛くない女が必死で練習しているのを見ていたんだ。」(やむ落ち)

部屋で1人鏡に向かって笑顔の練習をしている奈緒子が、上田が部屋に入ってきたことに気付き振り返ったところでのセリフ。上田が奈緒子の笑顔について言及するのは全シリーズ通してここだけ(多分)。ラスステの「上田が好きだった奈緒子の表情」(公式発言)が流れる時、ここのシーンが使われているところをみるに、上田は「あの可愛くない笑顔が好きだった」んだなと解釈して非常に苦しくなった。

 

「それは私の腹巻ではない。君のおばあさまの腹巻だ。」

上田は御告者の少年の周りの人間が犯人だとすでに見当がついていたので、「霊能力の証明のためにまさか自分を殺すことはしないだろう」という考えで腹巻を選んだんだと思うんですよね。この思考回路はS3 ep.5の奈緒子と非常によく似ている。正反対の2人だけれど、どことなく通じ合っている2人。嫌な奴だし気が合うわけでもないのに2人が一緒にいるのはこういうところにあるような気がした。

 

ep.5 妖術使いの森

これを整理するためにこの記事を書いていると言っても過言ではないので丁寧にいきます。来さ村の妖術使いの伝説については、村長のつぼ八横流し隠しのために所々伝説がでっち上げられているかもしれないので、基本柳田黒夫先生の説を重視する。

(1)妖術使い関連の疑問

妖術使いとは何なのか

120年前、南方の島を追われた者(妖術使い)が来さ村にたどり着いた。ちなみに力を持っている者全員が島を追われたわけではないので、その南方の島にも力を持ち続けている人間は存在する。これが黒門島で大事にされてきたシャーマンの家系なのだと思われる。南方の島の関連資料として上田が手に取った本の表紙に「焛」の文字があったので、南方の島とは黒門島のことと考えて差し支えなさそう。

ちなみに、来さ村の伝説によれば「不思議な技で金品を巻き上げたため村人たちは妖術使いを森に追い込み殺害。ところが妖術使いはその不思議な力により生き返り、今でも森に棲んでいる」ということになっているけれど、椎名桔平の顔をした妖術使いも小松も「生き残り」「子孫」という言葉を使っているため、ずっと生き返りながら生き続けているというよりも、迫害された事実を後世に語り継ぎながら本家への恨みを貫いている集団だと思われる。

そもそも椎名桔平の顔をした妖術使いはいるのか

椎名桔平の顔をした妖術使い」は長いので、以下「椎名桔平」と書きます。

冒頭、里見のもとに現れた妖術使いは仮面をかぶっていた。そして奈緒子が幼少期見た妖術使いも映像を見る限り仮面を取ることはしていなかった。

「久しぶりだねぇ、忘れたわけじゃないだろう」

と森の中で椎名桔平に話しかけられた時、仮面をかぶった妖術使いの記憶と椎名桔平を結び付けるようなカットになっていて、てっきり幼少期の奈緒子は仮面の中身を見たのかと思っていたけれど、回想中の妖術使いは腕を動かしていただけで仮面を取る動作はしていなかった。今回の話、奈緒子が見るものがほとんど椎名桔平なってしまっているので、奈緒子が見た顔に関してはあんまり信用できないんですよね。そして奈緒子が幼少期聞いていた声は椎名桔平だったけれど、S1で次男三男に騙された時は幼少期の曖昧な記憶を利用されて騙されたので、声に関しては記憶を都合よく書き換えてしまっただけで真実ではないかもしれない。

じゃあ上田を探しに行く森の中で出会った椎名桔平は誰だったのかという話になるんだけど、これは本物の妖術使いだったんだろうなと思っている。小松ではなく本物の力を持った妖術使い。奈緒子が木の枝を振りかざしたらホノグラムのように消えてしまったのは普通の人ではないよ、という演出だったのかなと思うなど。とはいえ、最後小松の顔も椎名桔平に見えていたから単純に小松だという可能性も全然ある。声が椎名桔平だったことに説明がつかないけれど。

「これも椎名桔平そっくりだ」

「どこがじゃ、どうかしちゃったのか」

色々考えたけれど、この会話が椎名桔平についての正解なんだと思う。上田が言う通り奈緒子はどうかしちゃってた(雑)。だいぶ考えたんですが全然わかりませんでした、気にしなくていい事なのかもしれない。

黒津分家とカミヌーリの理解

シリーズごとにちょっとずつ役割が変わってきているのでまとめておく。

【S1】

黒津分家→財宝を手に入れ島を乗っ取ることが目的。カミヌーリである奈緒子は利用価値があるから連れてきたが、最悪居なくてもいい存在。ただ、一応島の守り神として大事ではある。

カミヌーリ→島の母であり守り神。

【S2】

黒津分家→里見さん(=カミヌーリ)とは敵同士

カミヌーリ→S1と同様。しかし今回カミヌーリは島にいることを許された一部の存在であり、120年前島を追い出された者たちから恨みを買っていることが判明。

 

(2)小松と山田

小松の暴力性

上田が嘘をついているかどうか調べるなら上田に手を入れさせればいいのに、小松は奈緒子に手を入れさせるんですよね。「(上田に手を入れさせるより)もっと面白い方法があるわ。」と言って。小松が犯人だと分かっている柳田が、奈緒子の手を焼くはずがないと思っていたとしても、奈緒子の手を岩に入れさせる行為そのものが奈緒子をひどく傷つけることを小松は知っている。

どちらにせよ奈緒子にとっては絶望的な結果にならざるを得ない。奈緒子は「妖術使いは自分の仲間だから私を傷つけるはずがない」旨の発言をしていたけど、危なすぎる賭けだったと思う。妖術使いは同じ島の出身というだけで味方とは限らないとS1の時に痛いほど知っているはずなので。それだけ自暴自棄になっていたということなのか、本気で上田のためなら手なんてどうでもいいと思っていたのか。

小松が奪い取りたかったもの

「あなたのお母さんとは敵同士というわけ。あなたのお母さんから大事なあなたを奪い取りたかった。」

①敵同士とはどういうことか、②奪い取るとは何かについて考えたい。

①「敵同士」について

小松は120年前に島を追われた者の子孫なんですよね。近代化の波によって不思議な力(=霊能力)を持つ人間たちが迫害された。しかし、黒門島にはカミヌーリという存在が許容されている以上、そこには「認められた霊能力者」と「認められなかった霊能力者」がいたということになる。ここで言う「認められない」というのは霊能力が偽物だと思われたというより、「その力を持って島にいることが許されなかった」という意味。妖術使いとして来さ村に来た黒津分家(以下「妖術使い」)は、「認められなかった霊能力者」であり、「認められた霊能力者」であるカミヌーリを憎むしかなかった。だから、カミヌーリである里見とは敵同士であるということになる。

②「奪い取る」について

命を奪い取るんだったら早々に奈緒子を殺してしまえばよかったはずなので、「奪い取る=殺す」ではなさそう。里見は、こういう妬み嫉みも含めてカミヌーリの血を断ち切りたいと思って島を逃げ出したと思うんですよね。でも、妖術使いはそれを許さなかった。自分たちの受けた屈辱の怒りをぶつける場所が無くなってしまうから。里見の娘である奈緒子を霊能力者の側へ引き込むことで、妖術使いはその憎しみをぶつける先が生まれるし里見を苦しませることで復讐もできる。「奪い取る」とはそういうことなのかなと思った。妖術使いの「おいで」というのも「(霊能力者の側へ)おいで」ということなのだろうな。

(3)上田と山田

奈緒子の自己犠牲

「妖術使いを見つけてくればいいんですよね。」

妖術使いを見つけない限りこの森から出られないし、みんな殺されてしまうかもしれない。じゃあみんなのために自分が、という考えだと思われる。

TRICK最終回には自分の出生に向き合うのは恒例なんだけど、S1で奈緒子が霊能力者に甘んじようとしたのは自分が父親を殺したと信じ込んだから。「島を救ってくれ」という依頼もあったけれど、自暴自棄になって「どうでもいい」という気持ちが強かったと思う。ただ今回は「上田を助けるために自分が心を読む岩に手を入れる(妖術使いの仲間であることを利用)」「みんなのために妖術使いを見つける」という、誰かのために自分の力を使うという意味合いが非常に強い。この姿勢がS3で箱を開ける行動につながるし、ラスステの行動につながっていく。奈緒子の自己犠牲を厭わない精神はここから始まっている気がする。

ヒーローとしての上田

「霊能力は存在しない」と奈緒子自身の考えを全肯定してくれるだけではなくて、たとえ自分が霊能力者であったとしても上田の存在そのものが奈緒子にとっての救いになってきている。

 

「上田さんの顔まで椎名桔平に…」

「よく言われる、心配するな。」

字面が死ぬほどふざけて見えるけれど結構なシリアスシーン。奈緒子の言っていること普通に考えて意味が分からないし、前半では椎名桔平でボケ倒してい(るように見えた)たので、心を読む岩の時と同様「どこがじゃ、どうかしちゃったのか」と返してもおかしくないはずなのに、迷わず「よく言われる」と返せる上田。奈緒子のピンチを見逃さないし取りこぼさない上田。奈緒子がこれから先も自分の不安を上田には話そうとするのはきっとこういうところにある。

仮に上田が「椎名桔平がかっこいいから似ているということにしておこう」という思考で「よく言われる」と言っていたとしても、奈緒子にとってはそんなのどちらでもいいことで。ただ自分はおかしくない、普通なんだと安心させてくれさえすればそれでいい。

 

そして森の中で眠る奈緒子に上着をかける上田のシーン

結構ラブが強かったここのシーン。初見時「あれ?上田そういう感じ??」となった。ただ、やむ落ちではこの後残念過ぎる対応をする上田と冷ややかな目をする奈緒子がいる。恋愛フラグがへし折られていた。

最後の手紙

「これ、後で開けちゃいますけど、いいですよね。」

「もちろんだよ。」

こう言いながら開けるのを踏みとどまる奈緒子と本当に開けちゃう上田。

これは奈緒子が上田に好意(恋愛)を寄せているとすると、ラスステが辛過ぎて見られなくなってしまうので自己防衛本能でしたツイート。

奈緒子って占いの雑誌見るし願掛けもするし、そういう点ではこういうおまじないみたいなもの人並みには信じてるんですよね。自分の霊能力云々は置いておいても。でも、上田の方は信じないこともないけれど、所詮科学的根拠はないでしょうくらいのスタンスでいる。S1で里見に奈緒子には力があると言われても「僕は信じませんよ、この目で見るまではね」と言う人。仮にこの手紙の力が本当だったとしても、上田は奈緒子に会えなくなって初めて「あぁあれ本当だったんだ」って思いそう。

まぁ里見は2人を再び出会わせる手紙のおまじないとして「開けたら会えなくなるから開けちゃダメ」って言ってるんですよね。そうやって言えば上田は開けるし奈緒子は開けないと分かっているから。上田は奈緒子を探しに行くはずだから。瀬田くんがいくら頼んでも奈緒子に会わせもしなかった里見が、頼まれてもないのに上田と奈緒子を再会させようとするの、瀬田くんが気の毒になってくる。元気かな彼…

ドラマ『TRICK』第1シリーズ考察~山田奈緒子が背負ったものとは何だったのか~

はじめに言っておきます。この記事は非常に長いです。そして、私自身がTRICKラストステージを考察するための思考整理・確認としての意味合いが強い記事であるため、これを読んだだけでは当然TRICKの内容は分かりません。目次をはっておきますので、好きな所だけ読んで楽しんでいただければと思います。

 

はじめに

TRICK、名前だけは知っていたもののキャストも内容も全く知らなかった。このtogetterを見て初めて「あっTRICKって男女コンビなんだ…」というレベル。

 

togetter.com

「恋愛要素はないが、時折ほんの少し好意を仄めかす描写」は大好物なので、じゃあ見てみようかな~というのが視聴のきっかけ(2021年7月上旬)。下心ありありの状態で視聴を開始したのだけれど、正直ここまでハマると思っていませんでした。せっかくだから熱が冷めないうちに感想を残そうということでこのブログを書いています。

その前に保険というか弁解が1点。

TRICKは大好きですし、今まで見てきたドラマの中でも上位に入るのですが、TRICKをこの世の最高傑作のドラマだとまでは思っていません。だから本気のファンの方から見れば熱量が足りないかもしれない。

私がこの作品を好きでいる大きな理由として「上田と山田が互いの人生に与えた影響の描き方にブレがない」点が挙げられます。このドラマへの入り口が「上田と山田の関係性」目当てというのが多分に影響しているでしょう。ちなみに小ネタ・パロディに関しては世代の問題もあり元ネタがほとんど分からず、パロディなのかオリジナルなのかの区別がついていないため、その点についてはあまり面白さがわかっていません。絶妙にシュールな世界観がこの小ネタによって作られているな程度の認識です。そのため、その部分に面白みを見出して楽しんでいる方にとってはこの程度の感想か、と思う項目も多いかと思います。そこは流してやってください。

ただ、この作品がこんなにも多くの人から愛されるのは、コメディー・ミステリー・ヒューマンドラマの要素のどれか1つが突出しているのではなく、それら全てが絶妙なバランスで組み合わされているからという点に間違いはないでしょう。ヒューマン要素については、勧善懲悪では拭いきれない現実の厳しさが上田と山田のエゴによって露呈するという、時に残酷でさえある上田と山田の真っ直ぐさも斬新。お涙頂戴では終わらない現実。絶対的ヒーローではなくむしろ見方によっては悪魔的でもある主人公。この世界観にどっぷりハマりました。

本文を読む上で重要ではないことですが、文字並びが綺麗なので「上田と山田」と目次では表記します。ただ山田のことを私は「奈緒子」と呼んでいるので本文中では「奈緒子」と書きます。

 

構成理解

トリックシリーズ1(以下「S1」と表記)の構成理解はこんな感じ。

ep.3に関しては、公式のシナリオ本を読んでいた時に、美幸との決着のつけ方が脚本段階と放送されたものとにかなり違いがあったので認識が変わりました(ep.3のパート参照)。

 

ep.1 母の泉

(1)雑感

ラスステまで見たら涙なしには見られない母の泉。

上田がもし自分が戻ってこなかったら…といった時、「私だけ逃げます」「警察に連絡」を繰り返し被せてきたのが本当に最高だった。どこまでも1人と1人でバディではない2人。2人で助かるというよりまず自分が助かるにはどうするかを考える2人。とはいえ、何だかんだいいながら一応心配はするという絶妙な距離感はどのドラマにもないこの作品ならではの空気感がある。

展開としては上田と奈緒子が出会い、知恵と力で美和子さんを助けたかと思いきや美和子さんは殺されるという。これが結構衝撃で。普通主人公たちの元に行けば大体助かるじゃないですか。あるいは主人公達が何とか戦うけど守れなかった挙句殺されるという。このドラマは主人公達に手も足も出させずに「呪い」(便宜上こう呼びます)が実行されたんですよね。そしてep.2 ep.3と続いていくにつれて、「偽物だろうが本物だろうが霊能力者のかけた呪いは確実に実行される」というのがこの作品のルールだと視聴者も理解していくわけです。

(2)ビッグマザーと山田

ここで意味を持ってくるのが

本物の力を持った霊能力者(中略)はいずれあなたの前にも現れますよ、あなたはその人に殺される

というビッグマザーの最期の言葉。霊能力を否定しながらも「もしかしたら殺されるかもしれない」という不安が奈緒子の中に植え付けられたわけで、以降の奈緒子の行動に大きな影響を与えることになる。行く先々で超常現象に出会うたび、奈緒子の心のどこかに不安を抱えてそれを暴かなければならないわけですから。だからこそ奈緒子は強く霊能力を否定するんですよね。

S1では結局この呪い(予言)は当たらなかったわけですが、じゃあこれがTRICKにおいて全く意味をなさなかったかといえばそうではなくて、ラスステにおいて奈緒子は霊能力を理由に命を投げ打つわけですから、半分くらい当たっているように思います。ただ当初からラスステの構想を練っていたわけはないので、S1においては上田の言う通りただの「彼女の負け惜しみ」だったのかもしれません。

(3)上田と山田

奈緒子は貧乳に悩んでいることが発覚し、上田は巨根であることが発覚するという、超絶どうでもいい情報を視聴者は得るわけだけだが、「どうでもいいことをずっとコンプレックスにしているマジシャンと科学者っていうのはいい温度差」らしい(トリック座談会より)。これ最初は全然気にしてなかったし「本当にいるのかこの設定…」とすら思ってたんですけど、上田が奈緒子に心を開くために結構重要だったんだなと劇場版1(以下「劇1」)を見たときに思った。

上田、プライドが高いのは十分に本編から分かるんですが、基本的に我々が見ているのは奈緒子と一緒にいる上田なので、見栄っ張りだけど弱虫でポンコツで可愛い上田。でも劇1で友達といる時の上田って本当嫌な奴なんですよね。これは上田が超一流の知識人たちと対等に渡り歩くためのペルソナで、大学の教授レースを勝ち抜くためにも弱みを見せないようにかなり虚勢をはっていたんだと思う。これがTRICK世界で生活している人たちが見ている上田。でも、奈緒子には巨根っていう超どうでもいいコンプレックスが最初の段階でバレちゃってるんですよね。しかもこの超どうでもいい事をコンプレックスにしていること自体が結構恥ずかしいことで。これがバレてしまった以上、上田の過剰とまで言える見栄は奈緒子の前ではもう無意味。だから奈緒子の前ではポーズとしての見栄は張るものの限りなく自然体でいられる上田。まぁ奈緒子に弱みを握られたところで、彼女が上田の地位名声に傷をつけられるほど影響力はないし、自分の領域には全く入ってこない人間だと見切っているとも考えられるけれど。でもとにかく奈緒子は上田をからかうことはあっても本気で傷つけようとしてくることはないからね。

 

あと、全編通して「えへへへへ!」っていう変な笑い方ばかり印象に残っていたので、初期設定を忘れていたのだけれど、「生まれた時から笑ったり冗談を言ったりするのが苦手だった」でした。冗談を言うのも苦手だった奈緒子。冗談に関しては上田といる時には結構連発しているので、23年間いくら頑張っても苦手だったものが上田に出会って変わっていったと考えるとこう…心にくるものがある。

 

 

ep.2 まるごと消えた村

(1)雑感

しぶしぶ上田に着いてきた奈緒子、「あのアパートにいたくないんです」辺りまでだいぶテンション低かったのに、矢部が登場して以降結構楽しそう。上の着替えだけ持っていくという旅行の荷物を減らす基本テクを持ち合わせている奈緒子(以降貧乏設定の辻褄合わせのために外出中に衣装が変わることがほぼないので貴重な回)。本気である。矢部に「おう、元気か?」って声をかけたの、奈緒子なりの人との距離の詰め方というか仲良くなろうとしているんだろうけど、これ友達できないだろうな…と思った。不愉快とまではいかないがちょっと苦手かな…という人物像作るのが上手過ぎる。奈緒子のステージが埋まらないのも、こういう微妙に空気が読めない感じとかサービス精神に欠けるところとかそういう部分にあるんだと思う。

(2)ミラクル三井と山田

おそらくここで初めて奈緒子は世の中には人をだますつもりで霊能力者を演じている人ばかりではないということを知るんですよね。基本的にこの頃の奈緒子がインチキを暴くのは「ずるい」と思っているからだと思う。母の泉でも「超能力者って手品師と違って言い訳できるからずるいんですよ。」って言っている。それがだんだん「霊能力があったら困る」になって、奈緒子は不安と戦い続けることになる。

残酷なのは、奈緒子の父である剛三によってミラクル三井は1度その人生を狂わされたのに、今度は奈緒子によってインチキが暴かれその結果命を絶つこと。山田家がミラクル三井に及ぼした影響は大きい。ホラー映画だったらとっくに呪われているレベル。

そして、ep.1と同じように息を引き取る前に

「私は本物の霊能力者を知っている」

という意味深な言葉だけが奈緒子に残されるという展開。「誰っ?…どこにいるの?」と奈緒子が聞き出そうとするのもビッグマザーの時と同じ。居場所を聞こうとするのは多分父の代わりに自分がインチキを暴いてやるっていう気持ちからだとは思うんですが、ep.3の美幸の存在によって奈緒子自身が自分を信じられなくなっていく気がする(ep.3 美幸と山田パートに書きます)。

(3)上田と山田

この回は2人のお互いのスタンス確認だったなと思う。

「どれだけ心配してたか分からないんですか?」

「なぜ分かるんだ、今初めて会ったんだぞ」

けっこう簡単に見捨てることもあるけど、いなければいないで心配はする奈緒子。基本に自分中心に動く上田。

 

それから、男女の生み分け方を成人男性と見る成人女性という画面、非常にカロリーが高い。極めつけには上田が私見についてかなり具体的に述べ出すという。カオス。お互いを異性として欠片も意識していない感じがよく出ている。

 

 

ep.3 パントマイムで人を殺す女

(1)雑感

とうとう自分の結婚相手を選ばせるために奈緒子を呼び出す上田。この回は上田が奈緒子に事件を持ち込むのではなくて、シンプルに上田と奈緒子が話しているところに事件が飛び込んでくるパターン。あとすっごい「セックス」って言わせるじゃん…って思いましたね。

そしてサブストーリーとして展開される里見さん訪問パートめちゃめちゃ良いバランスで好みだった。パンツ1枚で家の中を歩く上田を見たら里見さん発狂案件で映像としてもすごくおもしろかっただろうに、そうしなかった公式。どういう意図でそうしなかったかは分からないけれど、「部屋貸して下さい!」みたいな少女漫画展開(そうか??)でこれ以上ラブに振り切らないでいてくれたバランスがすごく良かった。里見さん、奈緒子が嘘をついていることに気付いてはいたけど、嘘をつくために部屋を貸してくれる人が周りにいるっていうだけで安心したんじゃないかなと思う。ただ、奈緒子は自宅に手紙が届いている時点で住所バレてるんだから諦めな……

(2)美幸と山田

美幸がめちゃめちゃ薄気味悪かったし、最後妹を殺してまで罪を逃れようとするの、テレビ画面割りたくなるくらい胸糞悪かったんですけど、彼女一応被害者なんですよね。

「不思議なことを不思議なまま受け止める、その方がずぅっと豊かなことじゃないのかしら」

父親を殺された彼女(達)がこれから前を向いて生きていくためには偽霊能力者になってでも復讐を遂げるしかなかった。美幸の言うことにも一理あるんですよね、殺人はダメだけれど。これに対して奈緒子は視聴者もびっくりするくらい感情をあらわにする。「霊能力を使って人を殺す?それがあなたの言う豊かなことなんですか。」と、ここまでは至極まっとうな批判。「霊能力なんて、絶対に存在しない!」と続くんですが、微妙につながらなくないか?と思った。唐突というか。殺人がいけないのであって、ここで霊能力を否定しなくても別によさそうですよね。美幸に向かって言っているけれど、父親の死と極めて近いところにある霊能力による殺人に結構センシティブになっている奈緒子自身が自分に言い聞かせていたように思う。

そして、(3)上田と山田 パートでも書いているのですが、奈緒子は全てが終わった後屋上で上田に「今度もまた本物の霊能力者に会えなかった」って言ってるんですよ。奈緒子は霊能力を否定しながらも頭の片隅にビッグマザーの言葉がこびりついている。もし本物だったらまさにその人が父親を殺した人物であり、奈緒子自身を殺すかもしれない人物だということになってしまうから何としてでも「インチキだ」と証明しなくてはいけないという切迫感があるんですよね。非常にネガティブな動機によって奈緒子は事件に向き合うことを余儀なくされている。

 

「父親を殺された」という点で奈緒子と共通点がある美幸、本編では”あの矢部”が怒るくらい本当に許しがたい人なんですが、シナリオ段階ではちょっと違って、美幸と奈緒子を分かりやすくリンクさせていた。美幸は矢部に連行される直前(ここまでの流れも少し違うが)、奈緒子に向かって

「誰だって同じことするのよ!お父さんが殺されたと分かったら復讐を!きっとあなただってッ!」

って叫ぶんですよ。これ読んだとき鳥肌立った。

あんなにお父さんが大好きで、お父さんを追いかけてマジシャンになった奈緒子。このセリフがあるなしにかかわらず、奈緒子が美幸から受け取ったものは同じで「父親を殺された者はその犯人と対峙したとき殺人を犯すかもしれない」という恐怖が奈緒子の中に生まれた。美幸は奈緒子自身だったかもしれないから。

この回から奈緒子は「父親を殺した霊能力者に殺されるかもしれない」という恐怖に加えて、「自分がその霊能力者を殺してしまうかもしれない」という恐怖を背負って生きていくことになってしまったんですよね。

これ、なんで美幸がこんなことを言うはずだったのかなと考えていたんですけど、奈緒子が美幸に首絞めのパフォーマンスについての推理を披露するとき「マジシャンだった私の父が、よくこんなこと言ってました。」って言ってるんですよね。父親を殺された美幸にとっては結構地雷だったんじゃないかなと思う。美幸は奈緒子の父が殺されてるなんて当然知らないし、むしろ父との思い出を語る奈緒子はさぞかし幸せそうに見えたんじゃないだろうか。本当些細な一言で人って深く傷つくんですよ。『美しい隣人(中の人が意味わからないくらい綺麗なドラマ)を思い出しました。

シナリオ本の情報ここで手に入ったからいいや~みたいに購買意欲が下がったら嫌なので補足しますが、これ以外にも結構発見があるので、購入を予定している方はその意思を曲げることなく購入してくださいね。

(3)上田と山田

繰り返しになりますが、奈緒子は美幸の存在によって相当傷ついたわけです。

「もし本物の霊能力者に出会ったら、私もあの2人のように、父の復讐をするかもしれません」と恐怖を吐露する奈緒子に上田は「残念ながら君が復讐することは不可能だ。なぜならば、この世にはニセモノの霊能力者しか存在しない」と返すんですよ。

個人的に、いつも言っている言葉の意味が変わる作り方がものすごく好きなんですが、まさにこれそういう場面なんですよね。

いつもは上田の見栄の延長にある「霊能力者なんていない」という言葉、どうせ奈緒子が解決するんだからあってもなくてもどっちでもいいようなものなんですよ(上田ごめん)。でも、今回奈緒子に向けられたこの言葉は「君は人を殺さない」という力強いメッセージに変わる。上田こういうところある。だから好き…

やむ落ちの情報ここで手に入ったからいいや~みたいに購買意欲が下がったら嫌なので補足s…(以下略)

※「霊能力者なんているわけない」についての考察のようなもの

「里見さんは霊能力を否定してはいない(=肯定しているんだ)」という考察をみてなるほどなと思ったので、私もこの発言の意味について考えてみたい。

TRICKシリーズ、回を重ねていくごとに(主に奈緒子に関する)霊能力者の定義が変わっていく気がするのでわからないのだけれど、ラスステ時点での霊能力者は「みんなのために犠牲になる者」だと理解しています。これを「霊能力は存在するけれど、霊能力者は存在しない」という里見さんの信念に照らし合わせると、「(人より敏感に何かを感じ取れる能力である)霊能力は存在するけれど、それを理由に自分の命を犠牲にする必要がある人なんていないんだよ」ということなのかなと思いました。

ただ、「霊能力者なんているわけないよ」と言っているシーンは、里見さんが自分に言い聞かせている感じの演技演出だったので、私が今考えたような意味合いで発信はしていないでしょう。単に里見さんの言葉だけ借りればこんな感じかな、というお話でした。

 

 

ep.4 千里眼の男

(1)雑感

TRICKシリーズの中で一番平和だった回、だと思う。奈緒子の部屋には上田以外入ったことがないし、上田の部屋には奈緒子しか入ったことがないっていう超ピンポイント超偶然のきっかけからトリックが解け始めたというバカバカしさ。まぁラストが鬱だったけど。子供も容赦なく傷つけていく詐欺師。清々しいまでのクズ。

ともあれ、結構癒しパートは多かった。奈緒子の華麗なコールドリーディングが見られたり、R12くらいの際どいお弁当が出てきたり、「反省!」だったり。個人的にツボだったのは、奈緒子の家の電話に勝手に出る上田。この回で奈緒子に部屋を貸してくれたのが男だったと里見さんは確信するんですよね、多分。表札についてあんな無理やりなやり取りしたらさすがに「上田」という名前は覚えているはずなので(やむ落ち)。というか母親がセッの心構え教えてくれる状況めちゃめちゃカオスで笑える。仲がよろしい。

(2)桂木と山田

運命と向き合う奈緒子には小休止的な回だった。最初から霊能力を疑う余地もなくインチキだって分かっている感じだったし。この回は奈緒子達が霊能力を暴くことに懐疑的になりつつある視聴者に暴くべき霊能力を提示してくれたような気がする。全てを失った人にとっての拠り所として霊能力の存在は救いになりうるけれども、そこに付け込んで財産を巻き上げるのは弁解の余地もなく罪だよねという。

(3)上田と山田

上田と奈緒子も今回過去の3つの事件よりかなり軽い気持ちでインチキを暴いていたと思うんですよね。でも彼らは自分たちがほんの遊び心で暴いた霊能力が幼い子供に絶望を与えることになったことを知ってしまうというかなりのトラウマ案件。でも、表情を変えずただ立ち尽くす上田と奈緒子を映すことで、視聴者側がどうとでもとれるようになっているのがすごくよかった。どの程度彼らに傷を与えたのか、はたまたそこまで気にしていないのかあんまり読めない。

でも基本的にこの2人母の泉で「本当にあいつらを救おうとしたのはどっちだ?」って言われた後でも結構楽しそうに帰ってる(やむ落ち)ので本当にあんまり気にしていないのかもしれない。

 

 

ep.5 黒門島

(1)雑感

冒頭のカリボネのやり取り最高に好きなんですよね。これ一歩間違えればめちゃめちゃ気持ち悪いシーンになってしまうのに、2人の演技と演出によって「変なやり取り」にとどまるっていう。黒門島での出来事については思うところがあり過ぎるので下に書きます。

(2)カミヌーリとしての山田

カミヌーリや島での覇権争いについては私があまりよく理解できていないので整理しながら考えていきます。

剛三の死から奈緒子が黒門島行くまでの流れ

もうややこしいので上田が里見さんに言った言葉をそのまま理解して、一連の流れは里見の復讐説を採ることにする。

次男三男が鍵を盗んだ→鍵を里見が見つけたor次男三男に渡された→ただ復讐をするのではなく、インチキを暴くという剛三の意思ごと引き継いで奈緒子に託すために奈緒子の箱に鍵を入れた(パスワードは母親なら知っていそうだし、奈緒子が好きなもので大体検討がつく)→奈緒子が発見し父親を殺したのは自分だと絶望 という感じだろうか。

里見さん怖いわ。奈緒子のこと大事に育てているし愛しているのもわかるけど、ちょっと残酷すぎやしないかい…?ってなった。特に「鍵を持っている人物がお父さんを殺した犯人」って奈緒子に気付かせてからの温度差がしんどいよ。ガラスだったら割れてる(?)

カミヌーリのスタンス確認

カミヌーリ(=巫女)の家系は代々島のために子供をたくさん産むことがその役目。同時に島の守り神的存在でもあり、島が平穏であるのはカミヌーリの霊能力によるものだと理解されていた。カミヌーリは母であると同時に島の守り神でもあった。

次男三男は結局何がしたかったのか

・まず奈緒子を黒門島に呼ぶ前の事情整理をします。

次男三男はシニカミが災いではなく宝であることを知っていた(元男談)。彼らが宝を独り占めするためにはいち早くそのヒントを得る必要があった。本家の板がそのヒントであることは知っていたが、里見が島を出て行ってしまったためもう一つのヒントがわからない。剛三がいなくなれば里見が帰ってくると考えた彼らは剛三を殺した(TRICKパーフェクトブックより)。

・次に奈緒子を黒門島に呼ぶ理由について検討。

おそらく里見が黒門島に戻ってくることはないし、仮に戻ってきても自分たちに「焛」の文字を教えてくれる可能性は低いから、洗脳可能な奈緒子を呼ぼうという考えなのだと思う。結局宝のためだったっていう奈緒子の最後の謎解き通り。

元男と結婚する意味

ただここで1つ疑問があって、元男は「代々受け継いでいるものを(次男と三男が)手に入れればあんたは殺される」と言っているところ。次男三男が宝だけが目当てなら、邪魔な奈緒子は死んでも構わないというのは分かる。でもそしたらわざわざ洗脳までしなくても、拷問をして聞き出せばそれで済む話ではありそう(最終手段として実際拷問しようとしてたし)。元男と結婚させようとする意味はどこにあったんだろうか。

次男も三男もカミヌーリの能力を全く信じていなかったわけではないから元男と奈緒子に儀式をさせたということも考えられるけど、そうするとやっぱり宝のヒントが分かれば奈緒子が殺されるというのは矛盾することになってしまう。シンプルに奈緒子が黒津の分家と本家の覇権争いに巻き込まれたという理解で良いのかもしれない。分家(次男三男)は財産が欲しいだけの集団かもしれないしね。

「島はどうせ死んでいく。(中略)次は何を造る?何を壊す?

散々人を傷つけておいていっちょ前に批判だけはする男、次男。島を守る存在であることはまぁ信じているというスタンスなのか?じゃあ奈緒子大事にしろよな!!!!(モンペ)

奈緒子は霊能力者なのか

霊能力者であるか否か論争があるのは知っているし、公式が霊能力について明言していない以上「絶対」というのはあり得ないんだけど、奈緒子霊能力者であってくれ。というかこれで霊能力者じゃなかったら、普通の女の子が小さな島のお家騒動に巻き込まれて、背負わなくていいはずのものを沢山背負うという悲しい話になってしまうので。霊能力があるなら、あぁ人と違う運命を背負って生きていくのねと理解するので…

奈緒子が背負ったもの

何度も繰り返しているのだけれど、これまで奈緒子は①自分は本物の霊能力者に殺される ②父親を殺した霊能力者を自分が殺してしまうかもしれない という不安を抱えていた。今回、父親を殺した一応の犯人を目の前にしても殺すことはしなかったので②について奈緒子はこれ以上不安にならなくてもよくなった。ただ、それとは引き換えに、今回霊能力者に仕立て上げられたことで、「自分は霊能力者かもしれない」という最も大きな問題を抱えることになってしまったんですよね。いくつかはインチキだと証明できたけれど、枯れた花が生き返るとか上田の傷かすぐに治るとか、説明できない問題は残されていて。そういうちょっとした違和感のようなものは自分の能力を疑うには十分な材料だと思う。

だから彼女はこれから自分の能力に関することはどうしても否定が出来なくなってしまう。コロッと騙されてしまう。苦しい。

(3)上田と山田

最後に向かう場所が上田の研究室なんですよね。手品を上田に披露するんですが(やむ落ち)、島に向かうことを決めた奈緒子にとってこれが最後のマジックになることはわかっていたはずで。マジシャン人生の締めくくりの舞台を上田の研究室に選んだという(単にクビになったし披露する場所がないという可能性も全然あるしむしろ高い)。

「上田さんと色んな所に行ったこと、後悔してないですよ。ほとんどなかったけど、楽しかったことも少しはあったような。」

この仮定はTRICK自体の根幹を揺るがすものなので本来成立しないんだけど、上田と奈緒子が出会っていなければ、奈緒子はいつまでも「大好きな父親は不慮の事故で亡くなった」と信じていただろうし、「自分が霊能力者に復讐するかもしれない」なんてこと考えなくてよかったんですよ。これだけ悩んで傷ついたとしても、上田は奈緒子にとって「会えてよかった」人なんですよね。冗談を言うのが苦手な奈緒子が上田相手なら冗談を言えるようになったし、上手く笑えない奈緒子が少しだけうまく笑えるようになった。友達の少ない(いない?)奈緒子にとって、上田次郎という人と触れ合う時間そのものが大切だったんだろうな。

ただ、仮に上田と奈緒子が出会っていなかったとしても、次男と三男が奈緒子に会いに来ていたことは確かなんですよね。彼らは宝が目当てなんだから来る日には確実に地図を手に入れなければいけないし。そうすると、奈緒子の行く先の黒門島に当然上田は来ないわけだから、奈緒子は絶望したままカミヌーリになることになり、「焛」の文字を教えた暁に殺されるという本当に悲しい運命をたどることになる(里見さんがたすけてくれるかもしれないけれど)。奈緒子と出会ってくれてありがとう上田。

 

「僕は信じませんよ。この目でそれ(=奈緒子の力)を見るまではね。」

物理学者上田のこの精神が間違いなく今回の奈緒子を救った。心がすさんでいると、多少おかしなことがあっても「まぁいっか、私なんて」みたいな思考になるんですよね、まさに黒門島での奈緒子。でも上田は諦めようとする奈緒子に「いいかげん目を覚ませよ」と腕をつかんで引き戻す。上田がこれから先も奈緒子の霊能力を否定するのは、奈緒子の力を見たことがないから。だからこそ、奈緒子の力を知った時それを否定するのは彼のポリシーに反するからラスステの洞窟であぁ言ったのだなと今これを書いていて思いました。

 

長くなりましたが、第1シリーズについての考察は以上です。これから先奈緒子は「本物の霊能力者に殺されるかもしれない」という不安と「自分は霊能力者かもしれない」という恐れを背負いながら向こう14年間生きていく。そういう確認をした記事でした。最後まで読んでいただいた方、本当にありがとうございました!!

 

 

 

 

 

『あのときキスしておけば』第4話までの感想(最終回後追記あり)

松坂桃李麻生久美子井浦新の入れ替わりラブコメ。キャストが最高だったので何となくで4話まで見てきたけれど、色々思うところがあるのでまとめてみた。

 

総評

話は面白い。

面白いんだけど「こういうイチャイチャ好きでしょ…?」という公式の下心が結構見えるのでちょっとマイナス。

それから愛を深めていくであろう巴と桃地がなぜ好き同士なのかがいまいち見えないのでやっぱりちょっとマイナス。

以下気になる点。

 

巴と桃地の関係性

桃地は推しが目の前にいて自分を必要としてくれていることに幸福感を感じ、巴の無理なお願いも「蟹窯先生が言うんだから」としっかりこなす。巴の方も、「自分の作品を本当に愛している人を周りにおきたい」と考えていたのでWIN-WIN(←桃地の負担がだいぶ大きいけど) 

極端に言えば、お互いに利用している関係なんだなと思っていたんですよね。みんなが知らない蟹窯ジョーの姿を見せる代わりに、作品に理解ある人を近くに置いて自分のメンタルを保つという。

でも1話でソファに座ったと思ったら

急にキス…!!!!!!!急に沖縄旅行!!!!!!しかも同じ部屋!!!!!!!

 

まぁここまではタイトル回収のための演出かなと理解。

なおかつ巴は元夫とも気まずくならず結構グイグイ行っていたので、人に依存しやすくて常に自分を理解してくれる誰かをそばに置いておきたいタイプのように見えた。だから桃地を選んだのは桃地が『SEIKAの空』の大ファンだったからであって、別に桃地じゃなくてもよかったんだろうなぁと思っていた。

でもね…4話でマサオの奥さんに桃地のこと

 

「恋人では無いけど沖縄に行くくらいの仲ではありました。唯月巴と付き合っていたんです。

え、

付き合ってたの????????

 

個人的に桃地は巴自身ではなくて蟹窯ジョーを「推し」として好きだっただけで巴は恋愛対象ではないし、巴の方も桃地を可愛いとはいえ恋愛対象では無いと思っていたんだよな。

特に桃地が巴を好きになったとしても巴の方から桃地を好きになることはないと勝手に思っていた。巴が桃地にわがまま言って依存気味なだけで、桃地じゃなければいけない描写ってなかったような気がする。一方で、桃地が巴を好きになるきっかけになる描写は各話に散りばめられていた。巴が現実に絶望しつつも『SEIKAの空』を描き続ける強さとか、子連れの妊婦さんに手を差し伸べる優しさとか。(ただこれも「あのわがままな蟹窯先生が」漫画を描いている/人に優しくしている、という「蟹窯先生」の留保付きのもの。巴そのものの魅力として見てはいない気がする。)

来週、巴元夫(高見沢)×巴×桃地の三角関係に発展していくそうなので、桃地→巴 巴→桃地 の答え合わせができたらなぁと思う。

 

巴と高見沢の関係性

編集社のメンバーが揃って「幽霊だ」と騒いだ時、高見沢さんだけ「蟹窯ジョーは生きてる」と確信した時からジワジワ思っていたんですが、この2人最高過ぎる。

1話の2人のやりとりを見ると巴の方が高見沢さんに甘えていて、高見沢さんの方がちょっと鬱陶しがっているのかと思ってたんですが、巴がいないと生きていけないの高見沢さんの方じゃん…喧嘩ばかりになって大嫌いになる前に、他人としてでもいいから一生関わりを持とうとしてたんだ……この2人の構図が最高にツボだった。「生まれ変わっても君を愛する」の今世版(?)

「1人で背景も全部自分でやってんの」が第一声にくるあたり、高見沢さんが巴を1人にしてしまったことへの後悔が滲み出ていて、巴への愛に感動した。巴と高見沢さんは復縁しなくてもいいからよきバディとして一生一緒にいて欲しいと思う。

懸念しているのは、今回の「〇〇な巴だよな?」と次回予告から滲み出る高見沢さんのトンチキ臭。『奪い愛、冬』(『M 愛すべき人がいて』は未視聴)の時と同じ目をしている三浦翔平。心配。

 

巴とマサオはどうなるのか

今までは単に「巴の肉体は亡くなって魂が生き残った」「マサオの肉体は生き残ったけれども魂は亡くなった」という2つの事実があって、片割れ同士がくっついた結果、田中マサオの心が唯月巴になったんだと理解していた。でも4話で「田中マサオの心はどこに行ったんだろう」との言及があったということは、田中マサオの魂は生きている可能性があっていずれ肉体に戻る結末を迎える可能性もなくはない気がしてきた。

そうだとすると、巴の魂は戻る場所がなくなって本当の意味での死を迎えることになるのかな…

仮にうまいこと甦ったとしてもゾンビ映画感があるし、このままマサオの肉体のまま生活するのも可哀想だし、結末がものすごく気になる。

 

【最終回を見ての追記】

結論から言ってめちゃくちゃ良いドラマだった…上で「え?付き合ってんの??」とか文句言って本当申し訳ないという気持ち。

巴、最期の時間を桃地と過ごせてよかったね…もしかしたら彼と出会ってしまったから飛行機で命を落とすことになったかもしれない。でも、自分の作品を心から愛している人に出会ってその人と一緒に最期の時間を過ごせたなら、彼女にとってそれが1番良かったんじゃないかなと思う。自分の味方でいてくれた高見沢さんは熱が入るあまり同志になっていって、巴にとっての味方ではなくなってしまった。そして社長は自分の漫画を読んでもいない。わざわざエゴサをしてまであんなに傷つく巴。そんな中、ただ自分の作品を愛してくれる人に出会えた巴はきっと死の瞬間も幸せだった。

対して桃地は今までも人から愛されてきたけれど、彼にはその愛を受け止める覚悟がなかった。でも巴に出会って、無償の愛を与えてもらったことで、彼は人を愛し人から愛される人にまで成長したわけです。この成長そのものが巴が桃地に残したものであり、それを抱いて桃地はこれから生きていく。巴のいない世界でも大丈夫。「巴が残してくれたもの」の説得力が大きいし、大変自然だった。良かった。

3ヶ月間楽しませてもらいました。ありがとう!!!