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『TRICKラストステージ』考察~山田奈緒子はなぜ記憶を失わなければならなかったのか~

ラスステの終わり方には様々考察がされています。最後に現れた奈緒子について、本物の奈緒子なのかもう既に亡くなっているのか。そこから議論する余地のある題材です。

ただパンフ監督インタビューを見てみると、奈緒子の実態については答えが出ています。

奈緒子は記憶を全く失ってしまったのですか?

 

そうです、失っています。見た人の中には、記憶を失って救出された後、記憶を取り戻して上田の所にやって来たと思う人や、上田の夢オチと思う人もいるようなのですが、違います。奈緒子はここ14年くらいの近過去を失ってしまい、上田とのことは覚えていませんが、手品など、もっと昔からやっていたことは記憶しているんです。

 

公式サイドとしては「山田奈緒子は記憶喪失になって帰ってきた」という意図でこの作品を世に送り出したということなので、今回の記事はこれを前提にしよう思います。

これを再確認するための記事です。お付き合いください。

 

 

 

 

手品“は"覚えていることの意味

 

近過去の記憶がないということは奈緒子にとって幸せなことなのでしょうか。奈緒子がこの14年間上田と一緒に経験したことは、ドラマ内ではコメディチックに描かれていますが、悲しい殺人事件ばかり。そして奈緒子の数奇な出自、これもこの14年間で判明している。数々の事件や自身の出自を忘れることは奈緒子にとってむしろ幸せなことのように思います。

ところが彼女はマジックを忘れてはいないんですよね。このTRICKという作品においてマジックというのは奈緒子の飯のタネであると同時に、自身の力の否定という意味を持っている。

奈緒子はフーディーニ同様手品師として超常現象を否定しようとするんだけれども、自分には霊能力者の血が流れていて、それがいつか何か恐ろしいことを引き起こすんじゃないかというおびえを、、無意識のうちに常に抱いている。それをむしろ否定するために手品をやっているようなところもあるんじゃないか

(『さよならTRICK』蒔田さんインタビューより)

 

(父と母の)「悲劇的な関係が奈緒子の内面には集約されていて、彼女が手品をやっているのは、ある意味自分に流れている霊能力者の血を否定したいからでもあるわけです。父と母という相反する二人が奈緒子の中にはいる。本当は非常に暗い話だし、暗いキャラクター造形なんです。」(パンフレット蒔田さんインタビューより)

 

この奈緒子に対して上田と言う人間は奈緒子の血の否定を一緒にやってくれるヒーロー的存在。

 

深層心理で自分の霊能力に対する恐れを抱えている奈緒子に対して、上田は「この世に超常現象などというものは存在しない」ということを常に言ってくれる存在なんです。臆病でマヌケな男ではあるけれども、奈緒子にとっては常にヒーローであり、絶対に正しい人間でなくてはならない。(『さよならTRICK)

 

 

冗談を言ったり笑うのが得意でなかった14年前の奈緒子は、まさに父と母に挟まれた女の子であり、自分が手品をすることによって自分自身の力を無意識的に否定しながらもどこかで迷いがあったはず。上田と出会って、当たり前に冗談が言えるようになり、少しはうまく笑えるようになった。その上田という存在を失い、手品だけが彼女の中に残っている。超常現象を否定してくれる存在がおらず、孤独に自己否定を繰り返す山田奈緒子に戻ってしまったということなんじゃないかと思う。

 

 

なぜ脚本家(製作陣)奈緒子を記憶喪失にしたのか

 

奈緒子はなぜ記憶を失わなければならなかったのか、奈緒子はなぜ自分の命を投げ出したのか、奈緒子の約束の意味も含めて考えていきたいと思います。

結論から言えば「奈緒子と上田をもう一度出会わせるため」なんですが、以下私なりの考えをまとめます。

 

 

「まぁいいか」と言う奈緒

「そっか…じゃ、やっぱりあれはインチキだったんだ。まぁいいかそんなこと」

ガラスの消失マジックを上田に解説してもらった後の一言。

この一言がTRICKの最終回を表しているように思う。結局上田と奈緒子は暴かなくたっていいインチキを暴いてきたんですよね。まわりからしたらまったく気にしなくていい事を気にし続けてきた。奈緒子にとってはどうでもいい事ではないから。

でも、その奈緒子が霊能力がインチキか本物かについて「まぁいいか」って言うんです。S1からずっと暴き続けてきた偽霊能力をここで初めて許容する。偽物でも尊重すべきものであると分かった。 

 

なぜ奈緒子は命を投げ出したのか

「まぁいいか」で偽霊能力を許容した奈緒子は、自分たちが壊してしまった物に対する責任として命を捨てに行った。仮にあの後記憶が残ったとすれば、呪術師の代わりにこの土地で生きていく覚悟をしていたんですよね。いくらお金がかかっていようとも上田への挑戦のためにわざわざ日本に帰国してお金を取ろうとは思わないんじゃないだろうか。そもそもお金をもらえないのは分かっているし。

TRICKのラストで霊能力を許容した奈緒子がもう一度上田と出会うためには記憶を失っていないと説明がつかない。だから奈緒子の記憶を失わせるしかなかったのだと考えます。

 

 

上田はなぜ救えなかったのか(過去3回との違い)

ここまで書いてきたとおり、奈緒子の心理状態は今までとは違うんですが、これまでの奈緒子がどうやって上田の前からいなくなったのかいったん整理。

 

S1奈緒子→カミヌーリとして黒門島

S2奈緒子→妖術使いの仲間であると信じている

S3奈緒子→カミヌーリとして命をささげに行く

ラスステの奈緒子→自分が壊してしまったものに対して責任を果たしに行く

 

奈緒子が見た夢も、上田はいつもみたいに説明さえ出来れば奈緒子は納得すると思って説明をしたと思うんですよね。でもそれは「自分達が壊してしまったこの村を守る」と既に決めていた奈緒子にはただ背中を押す言葉にしかならなかった。

S3では奈緒子が犠牲になることを決める時、「(上田と自分は)違う世界の人間なんですよ」と言っているのに対し、「おかしいですよね、こんなの霊能力でも何でもないのに」と言っている。ラスステでは自分がカミヌーリとして何かを救いに行くわけではないんですよね。同じ世界にいる人間として責任を果たしにいく。霊能力のために命を懸けているのなら、霊能力そのものを否定すればいいだけだけれども、今回はそうではない。だから、いつも霊能力を否定することによって奈緒子を止めていた上田は、今回のことには対応できなかったんだろうなと思います。

 

奈緒子の約束はなんだったのか

 

これは見る人によってすごく違った見方になるのかなと思います。特に上田と奈緒子の恋愛(未満)模様は公式でもこれでもかと言うほど打ち出していたし、それが気になる人も多かったと思うので。ただ今回は出来るだけフラットに行きたいので強すぎる恋愛の意味合いではないと考えて話を進めます。

 

1)「必ず連絡をとります」

超常現象を信じた

奈緒子は言わずもがな超常現象を信じていなかったし、ましてや死の世界からの連絡何てありえないと考えていた人。ただ死を覚悟したその時、今まで縋ってこなかった死の世界に希望が見えた。あるいは上田が能力を認めたのだから、奈緒子も信じてみようと思った。自分の存在それ自体が霊能力が存在する確かな証拠でもあるから「必ず連絡を取ります」

上田に道を外させないため

劇3に出てくる鈴木、これは考えうる限り最悪な上田のIF。鈴木と出会った奈緒子は、上田が鈴木にならないように、偽霊能力者を殺すことがないように、この約束をした。彼女は「必ず連絡を取るから聞き届けてね」って言うんですよね。その言葉が呪いになって鈴木を苦しめ挙句霊能力者たちを殺させてしまう。奈緒子は上田にそういう風にはなって欲しくないと思う程度の情はあると思うんですよ。上田は待ってしまうかもしれない。弱虫だから。寂しがりやだから。そこで奈緒子はフーディーニになぞらえて「1年後に必ず連絡を取ります。」

この「連絡を取ります」は奈緒子の決意と言うより1年後連絡が来なかったら忘れてくださいねという奈緒子なりの愛の形。

 

 ※ところでフーディーニの約束

激ヤバなんですよ…愛情。フーディーニの結末を当然知っている奈緒子は、自分が死んだら連絡が取れないことも知っている。そんな彼女は「今自分が突然いなくなったら上田はきっと寂しいだろうから」という理由で最期に1年間の希望を上田にあげたのかもしれない。14年前には「あなたに会えてよかった」という別れたらそれっきりの存在だったのに、14年の年月を経て「死後の世界があるなら必ず連絡を取ります」という、たとえ死んでも愛に期待存在になったことに変わりはない。フーディーニが配偶者に告げた言葉を奈緒子は上田にささげる。

2)餃子と寿司を死ぬほどおごってくれ

 

超常現象を信じていた説をとったとしても、あの絶望的な状況で奈緒子が自身の生還を信じていたとは考えづらい。「死後の世界から連絡をとる」と「寿司と餃子を死ぬほど奢ってくれ」という両立しえない約束(死んだら寿司も餃子も食べられないので)をなぜ奈緒子がしたのかを考えてみたいと思います

生きて帰ってくるぞという奈緒子の意思

これが一番明るい説だと思う。まだ命をあきらめていない奈緒子。ただ「死後の世界があるなら」と奈緒子自身が言ってしまっているのでかなり望み薄。

上田が好きな自分の再現

奈緒子なりに上田が気に入っている自分というものがストックされていて、その最たるものが「食べ物にがめつい自分」だと思っている。「ふざけるな」とか「馬鹿か君は」とか言いながらちょっとうれしそうにする上田をずっと見てきたわけで。そういう意味のあざとさって奈緒子にはきっとある。だから最後に上田が好きであろう自分を見せてあげたかったんじゃないだろうか。

でも当の上田は奈緒子の下手くそな笑顔が大好きなんだよ奈緒子がいてくれればそれでいい上田。泣けてくる。

 

個人的に②②の流れなんじゃないかと思っています。

 

奈緒子の行動は贖罪なのか

TRICKの考察を読んでいると、「ラストステージは奈緒子と上田が“これまで壊してきた文化に対する”贖罪である」という意見を一定数見かけます。

感想は人それぞれなので「14年間の行動の贖罪説」を否定する気は全くないのですが、壊すべきでなかった風習はラストステージだけで、母の泉をはじめ、これまで奈緒子達が出会ってきた偽霊能力者は人を騙したり殺したりしてきたわけですから、奈緒子が償うべきものではないような気がしています(ラストステージも奈緒子1人が背負うべきものでもないけれど)。

上田を守りたかった奈緒

奈緒子は今までのシリーズとは違い、霊能力者として命をささげたのではなく、村の文化を壊してしまった「責任」として今回の行動を取っているわけです。

「全部私たちの責任なんです」と言うこと自体も奈緒子の変化なんですが、その責任を取る人を選ぶとき、奈緒子が自分の命を選ぶのが最高の愛だと思うんですよね。自分の命を捨ててでも上田が助かることを望んだし、自分が死んでも上田と連絡が取りたいって愛が過ぎる。

 

カテゴライズできなかったもの

「皆が助かる方法が一つだけあるんです」

冒頭で武器の紹介をしたのはこういうことだったのかなと思っています。奈緒子が犠牲にならずに済む道はあったんですよね。上田はあの洞窟で気付けなかっただけで、多分後で時限爆発装置の存在に気付いたと思う。奈緒子に行かせなくても済んだのにと思っただろうな。

「さよなら」

「あなたに会えてよかった」(S1)

「今までのこと、全部ごめんなさい」(劇場版1)

「今まで、色々とありがとうございました」(S3)

別にどうでもいいと言えばどうでもいい話なんですけど、今まで「ありがとう」も「ごめんなさい」も、伝えたかったことは全部伝えてきたからこそ、今回の別れの言葉は純粋に「さよなら」だったのかなと思ったって話です。それだけです…

 

終始まとまりがなかった記事でしたが、この記事では奈緒子が火をつけるまでのことを書いてみました。奈緒子が火をつけてからのことは次の記事で考えていきます!